【第十九話: 泥の王国、五郎の国】
天正十八年(一五九〇年)、八月。
五郎が辿り着いた江戸城は、およそ「天下を望む大名」の居城とは言い難い有様であった。
かつて太田道灌が築いた名残はあるものの、建物は朽ち果て、瓦は割れ、雨漏りが畳を黒く腐らせている。城の目の前には、どこまでも広がる泥の海。日比谷の入江から吹き付ける風は不吉な潮の匂いを含み、家臣たちの不満を煽るように荒涼としていた。
「……何だ、これは。殿をこのような辺境の泥沼に追いやるとは、秀吉め、許し難し!」
本多平八郎忠勝が、名槍・蜻蛉切の石突きで地面を激しく叩いた。三河武士たちにとって、住み慣れた豊かな領地を奪われ、この世の果てのような荒野へ飛ばされたことは、死にも勝る屈辱であった。
しかし、馬を降りた五郎の瞳には、かつてない「清々しさ」が宿っていた。
「……平八郎。そう怒るな。私は、ここが気に入ったぞ」
五郎は、膝まで泥に浸かることも厭わず、城外の湿地へと歩みを進めた。しゃがみ込み、その黒い泥を手に取ってみる。お愛を失ってから、何を見ても灰色に沈んでいた五郎の視界に、初めて生命力に満ちた「土」の色が飛び込んできた。
ここは、兄上が幼少期を過ごした場所ではない。
信長に睨まれた場所でも、数正に厳しく「家康」を仕込まれた場所でもない。
「本物の徳川家康」という男の足跡が、どこにも残っていない土地。
「ここには、何もない。……何もないからこそ、我らが一から作れる。……誰の記憶にも汚されていない、私とお前たちの国だ」
五郎は、泥のついた手で、高く広大な空を仰いだ。
お愛がいれば、きっとこの広い空を見て「良いところですね、殿」と笑っただろう。その想いを糧に、五郎はかつて寺で得た知識を総動員して、この土地の「脈」を読み始めた。
「水を通し、泥を乾かせば、ここは日本一の肥沃な大地になる。……家康の過去を追うのはもう終わりだ。これからは、この江戸が『徳川家康』の真の姿になる」
五郎の声は、低く、しかし確信に満ちていた。
彼は、三成が違和感を覚えた「計算違い」さえも、この江戸の街造りに組み込もうとしていた。僧侶として土の理を知り、人を救う薬を知る五郎にしかできない、慈悲に満ちた都市計画——。
数日後、家臣たちは驚愕の光景を目にする。
そこには、豪華な装束を脱ぎ捨て、袖をまくり、家臣や人夫たちに混じって泥を掻き出す「家康」の姿があった。
「殿! そのようなことは我らに! 貴方様の手が汚れまする!」
「構わぬ。……私は昔から、こうして土を弄るのが得意なのだ」
五郎は笑っていた。泥を掻き出すその手つきは、大名のものではなく、かつて寺の裏庭で薬草を育てていた小僧のそれであった。
その姿を少し離れた場所から見守っていた本多忠勝は、蜻蛉切を握る手に、ふと力を抜いた。
お愛が逝ってからのこの一年。五郎の心は死んでいた。虚空を見つめ、何を食べても味がせぬと呟き、ただ「家康」という役割に追い詰められていた五郎。小田原では、絶望ゆえの昏い情念に飲み込まれ、壊れてしまうのではないかと忠勝を戦慄させた男が。
今、泥にまみれ、汗を拭い、子供のように目を輝かせて「ここを日本一の街にする」と語っている。
(……あぁ、戻られた)
忠勝は、誰にも悟られぬよう、深く、静かに息を吐いた。
四十八歳の「怪物」の面を被りながら、内側の四十一歳の「五郎」が、ようやくその息を吹き返したのだ。その笑顔は、天下人としての虚飾ではない、土と共に生きる一人の男の真実であった。
「いいか、平八郎。この溝が、江戸の毛細血管になる。淀みをなくし、気を回すのだ。……泰平とは、まず足元の泥を片付けることから始まるのだぞ」
「……御意。なれば、この平八、泥掻きでも何でもお供つかまつる!」
忠勝の声は、いつになく弾んでいた。
密かに正体を知る「共犯者」として、主君の心が癒えていくことへの何物にも代えがたい安堵が、彼を突き動かしていた。
江戸という巨大な実験場。
そこは、五郎が「徳川家康」という名の神に昇華するための儀式の間であり、同時に「五郎」という一人の男が、お愛との約束を形にするための聖域であった。
四十一歳の五郎。
お愛の遺した香袋を懐に、彼は今、かつてない清々しさの中で、誰にも暴けぬ「最大の嘘」を、揺るぎない「現実」へと書き換え始めたのである。




