97.封印
静寂の中に、ユナの低い声が落ちた。
「……ヴァルザは、今……私の中に閉じ込めてある。このまま二人で、このラーデンリアの大地に封印しましょう」
その言葉に、アルヴァンは一瞬だけ目を細め、そして迷いなく頷く。
血と硝煙の匂いがまだ残る広場に、わずかながら清らかな風が吹き込んだ。
それはまるで、これから行われる儀式を告げる合図のようだった。
ふらつく足取りで立ち上がったユナの肩を、アルヴァンがしっかりと支える。
二人の視線が交わり、言葉は要らなかった――互いの決意が、確かに通じ合っていた。
そして、ゆっくりと歩み出す。
戦いの残響が遠のき、広場全体が二人の動きに呼吸を合わせるかのように静まり返っていく。
二人は並び立ち、ゆっくりと両手を地へ向ける。
アルヴァンの足元からは金色の光が、ユナの足元からは銀色の光が静かに広がっていった。
それぞれの光は石畳の隙間を伝い、渦を描きながら絡み合い、やがて巨大な魔法陣を形作っていく。
地の底から響くような低い唸りが、広場全体を震わせた。
魔法陣の中心に立つ二人の背後では、五大神殿の神官長たちが一斉に祈りを捧げ、その声が風に乗って遠くまで響き渡る。
ユナは深く息を吸い込む。
(もう二度と、あの日のように間違えない。
これは犠牲ではない――私が、自分の意志で選んだ道。
アルヴァンと共に、この世界に“終わり”ではなく、“未来”を残すための封印)
胸の奥に溢れる熱を、銀の光に変えて解き放つ。
「――還れ。この大地と光の懐へ」
ユナの澄んだ声が大気を震わせる。
同時に、アルヴァンの剣が光を放ち、刃先から幾筋もの黄金の鎖が奔り出した。
その鎖はユナの身体から溢れ出した銀光と絡み合い、地中深くへと突き刺さっていく。
ごぉぉ……と、大地がうねる。
押し返される闇の瘴気が最後の抵抗を見せ、黒い腕のようなものが地上へ伸びかけるが、光の鎖が絡みつき、容赦なく引きずり下ろしていく。
火花のような白光が闇を焼き、焦げた匂いが一瞬だけ漂った。
やがて、魔法陣の中心からまばゆい光柱が天へと伸び上がる。
その輝きは雲を割り、遠くの山々や海原までも淡く照らし出す。
そして――光が静かに収束すると、闇の気配は完全に消え失せていた。
しばしの沈黙のあと、広場のあちこちで安堵の吐息が漏れる。
「……やった……」
誰かが小さく呟き、膝から崩れ落ちる。
神官たちは互いに顔を見合わせ、深く息をついた。
セトは胸に手を当て、「これで……終わったのですね」と、ほっとしたように微笑む。
ルカも剣を下ろし、空を仰いで深く息を吐いた。
「これで……ヴァルザは再び封じられた」
アルヴァンが低く告げ、その声に周囲の兵たちの肩から緊張が抜けていく。
その光景は、誰が見ても「封印は成った」と思えるものだった。
アルヴァンはゆっくりと剣を収め、隣に立つユナへ視線を向けた。
その口元に、わずかな微笑が浮かぶ。
ユナは短く息をつき、その微笑みに静かに頷き返す。
広場には柔らかな風が吹き抜け、焼け焦げた匂いを遠くへ運んでいった。
人々は互いの無事を確かめ合い、やがて安堵の笑みが広がっていく――封印は成り、平和が戻ったのだ。




