表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/106

88.二人の娘

 沈黙が、再び応接室を包み込んだ。


 マナは、そっと唇を震わせる。


 「……ヴァルザは……私を差し出せばリリアナ様は助けてやるって……そう言ったんですよね?」


 声はかすかに震えながらも、どこか確かに届くような、静かな力を秘めていた。


 アルヴァンが顔を上げ、ゆっくりと頷いた。


 「……そうだ」


 その声は、低く、苦悩を押し殺した響きだった。


 「だが、マナ。――君とリリアナ、ふたりの命を天秤にかけるようなことなど……私には、できない」


 (リリアナ……私は、お前を自分の娘として育て、心から守りたいと願ってきた。たとえ血の繋がりがなくとも、今も大切に思う気持ちは変わらない。けれど――ユナの……彼女の愛する娘を、犠牲にすることも、私にはできない……)


 掌が強く握られる。心が千々に裂けそうだった。

 アルヴァンは、黙して苦悩を飲み込んだ。


 「誰かを犠牲にして守る王国に、未来などない……そう信じている」


 マナはその言葉に、少しだけ目を伏せてから、母の横顔を見つめた。


 ユナが静かに口を開く。


 「もし……マナを差し出せば、ヴァルザは確実に“力”を取り戻すわ」


 その言葉に、空気がぴんと張りつめた。


 「いまはまだ、かつての“完全体”ではない。けれどマナの魂の中にある“核の片割れ”を取り込めば……次は私の中にある、もう半分を狙ってくる」


 胸元にそっと手を添え、目を伏せる。


 「そうなれば……私はきっと、もう勝てない。いまの私には、あの力を抑えきれる術はないの」


 ルカが、小さく息を吐いた。沈痛な面持ちのまま、視線を落とす。


 「ならば……国を守るという意味で、選ぶべき道は――明白だ」


 その声は、どこまでも苦しげだった。


 「国を守るには……どちらかを選ばねばならない時がある。誰かを救うために、別の誰かを犠牲にする――それが……“正しさ”になってしまう現実も、あるんだ……」


 ルカの拳が、静かに震えていた。

 セトもまた、黙したまま視線を落とし、言葉を探すように沈黙している。

 だが――ユナは、迷いなく言葉を返した。


 「……でも、それでも私は、リリアナの命を諦めたくはない」


 まっすぐにルカを見つめるその瞳は、深く静かな覚悟を湛えていた。


 「彼女は多くの過ちを犯したわ。でも、その心の奥には……ずっと、救いを求める声があった。誰かに愛されたかった……ただ、それだけの少女だった」


 ユナは隣にいるマナへと視線を向け、そっと問いかける。


 「マナも、そうよね?」


 マナは力強く頷いた。


 「はい。たとえ何があっても、私は……リリアナ様を見捨てたくありません。どこかに、きっと、まだ……“戻れる道”があると信じたいんです」


 その言葉に、セトが目を閉じ、小さく息を吐いた。


 その静けさの中で――ユナは、ゆっくりと立ち上がった。


 「……もしかしたら、まだ“手”はあるかもしれない」


 全員の視線が、彼女に注がれる。


 「私がかつて行った封印は、間違ったものだった。でも……だからこそ、見えたものもある。

 ――失われた古い理の中に、それを見つけられるかもしれない」


 ユナの声には、わずかな希望の光が宿っていた。


 「どんな方法であれ、リリアナの魂を“ヴァルザから引き離す”ことができれば……きっと、彼女は戻れる。

 私は……それを諦めたくないの」


 誰もが、その言葉を否定できなかった。


 長く静かな沈黙の中で、アルヴァンがようやく小さく呟いた。


 「ありがとう……やはり、君は“聖女”だな、ユナ」


 それは、皮肉でも賛美でもない。ただ、深く沁み入るような、敬意のこもった言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ