80.光冠の夜会
王城の大広間には、光が満ちていた。天上には幾重にも重なる水晶灯が煌めき、壁面のステンドグラスには夜の星々が重なり、荘厳な光の帳を作り出している。
その中央、黄金の光を帯びた壇上に、進行役である儀礼官の声が静かに響いた。
「皆々様、静粛に。これより、“光冠の夜会”において、聖女マナへの――正式なる、聖女任命の儀を執り行います」
空気が張り詰める。王族、貴族、神官、騎士。それぞれの立場の者たちが整列し、息を呑む中、ゆっくりと――白と淡金のドレスを纏った少女が姿を現した。
緊張に胸を高鳴らせながらも、その瞳には一片の迷いもなかった。
神官長たちが両脇に立ち並ぶ。風の神殿・ベルンは軽口を封じ、祈りの手を胸に組み、大地の神殿・オズマは静かに目を閉じて、重厚な聖句を口の内で唱えている。水の神殿・イリナは銀の髪を揺らし、凛としたまなざしでマナを見守り、火の神殿・ルカは真剣な眼差しでマナの歩みを受け止めていた。そして、セリオス神殿の神官長であるセトは、誰よりもまっすぐに、彼女を見つめていた。
マナは一歩ずつ、壇上を上がり聖印が刻まれた台座へと進んでいく。高鳴る鼓動。足の先まで伝う緊張。
セトが光の冠を持ち、静かに進み出る。両手で捧げ持っていた光の冠を、王座にいるアルヴァンのもとへと差し出す。
アルヴァンは立ち上がり、慎重にそれを受け取った。王の装束に身を包んだその姿は威厳に満ち、国家を背負う男の眼差しをしていた。
そして彼は、ゆっくりと壇上を上がり、マナの前へと歩み出る。大広間が静寂に包まれたその瞬間、アルヴァンは、静かに声を放った。
「ラーデンリアの加護を受けし者よ。この地を癒し、守り、導く“聖なる光”として――我らの国に降り立った聖女よ。神の名のもとに、冠を授けよう――」
その言葉とともに、王の手によって、光の冠がマナの頭上へと掲げられた。冠が髪に触れた瞬間――
会場全体に、淡い光が放たれる。聖印が床に広がり、柔らかな風がドレスの裾をふわりと揺らした。
「……っ、なんという光……!」
「聖女様だ……」
「まるで、神の祝福そのもの……」
次に――アルヴァンは、壇下に立つ一人の女性へと視線を移した。そしてゆっくりと手を差し伸べる。
「もうひとり、紹介すべき人物がいる」
その声に、場が再び静まる。人々の視線が、一斉にアルヴァンの示す方へと向けられた。
ユナが、ゆっくりと歩み出る。深い青のドレスの裾が揺れ、銀の光が肩を滑る。彼女の表情は静かで、しかしその瞳には揺るぎない強さと覚悟が宿っていた。
壇上に上がり、マナの隣に立ったその瞬間―― 大広間に、静かなざわめきが広がった。その姿、その気配、そして“佇まい”に、誰もが心を奪われた。
アルヴァンはもう一度、声を発する。
「こちらは、聖女マナの母君―― 彼女はかつて、黒帝ヴァルザを封じこのラーデンリアを救った救国の聖女。“聖女サクラ”である」
言葉が、場に響く。
「……サクラ……? あの噂は本当だったのか」
「まさか……あの、“聖女サクラ”が……」
「いや、思い出した……あの頃の面影が、確かに……!」
歓声とも、驚きともつかぬざわめきが沸き上がる。何人かの貴族たちは膝をつき、深々と頭を垂れた。神官たちは胸に手を当て、感極まったように目を閉じる。
ユナはただ、静かにその光景を受け止めていた。視線の先にいるマナを見つめながら、ゆっくりと小さく頷く。――自分はもう、隠れてはいられない。娘のために、そしてこの国の未来のために。
そしてマナは、その母の隣で静かに目を伏せ、次に顔を上げた時、その瞳にははっきりとした決意が宿っていた。
任命の儀は荘厳のうちに幕を閉じた。進行役が一歩前に出て、場を整えるように声を放つ。
「以上をもちまして、聖女マナ・イシガミへの任命の儀は、滞りなく執り行われました。この後は、“光冠の夜会”として、皆さまにご歓談のひとときを――」
――だが、そのとき――重々しい扉が乱暴に開かれた。




