表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/106

71.揺れる気持ち

 謁見の間を出たルカは、そのまま迷うことなく神殿にあるユナの部屋へと向かった。

 夜風はひんやりとして、長い会議の疲れを冷ますように肌をなでていく。

 部屋の扉の前に立つと、ひと呼吸置いてから静かにノックした。

 

 「……ルカ?」


 少し驚いたような声が中から返り、すぐに扉が開いた。緩く結った髪を肩にかけたユナが立っていた。やわらかな灯りが彼女の輪郭を淡く照らしている。


 「来てくれたんだ……」


 その声には、確かな安堵がにじんでいた。一瞬だけふっと肩の力が抜けるその仕草に、ルカは目を奪われる。


 「……ああ。会議が長引いて……遅くなって悪かったな」


 目をそらしながら、ルカは少し苦笑して言った。


 「ただ……腹がへったし、一緒に飯でもどうだ?」

 

 ルカは苦笑しながら続けた。

 

 「それに、やっぱり……こんな時間に、あんたの部屋に二人きりってのは、ちょっとまずいだろ。誤解されても面倒だし。話を聞くなら、違う場所で話そう」

 

 その言葉に、ユナはふっと力を抜いたように微笑んだ。さっきまでの焦りが、すっと胸からほどけていくのを感じる。

 

 「……そうよね。落ち着いて考えたら、こんな時間に男の人を部屋に呼び入れるなんて……誤解されても仕方ないわよね」

 

 彼女はそっと目を伏せ、小さく息を吐いた。

 

 「私、少し焦りすぎていたみたい。あなたも会議で疲れているのに……ごめんなさい」

 

 その言葉に、ルカは目を細めてユナを見つめた。ただ、穏やかな視線で彼女を受け止める。

 ユナはそんな彼の沈黙に救われるように微笑み返すと、少しだけ首をかしげるように言った。

 

 「……じゃあ、夕食は街でとらない? 少し外の空気に触れて、気分を変えたいの」

 

 ルカは一瞬だけ目を伏せてから、静かに頷いた。


 「ああ、そう……だな。」


 「うん、私、ちょっと着替えてくるわね。マナにも夕食は別でとるって伝えないと……。用意ができたら裏門へ行くわ」


 ユナはそう言って笑い、軽く手を振って部屋の奥へ戻っていった。

ルカもその場を離れ、自室へ向かう道すがら、ひとつ息をついた。自分でも気づかないうちに頬がゆるんでいた。


 (……浮かれてどうする。飯を食べに行くだけだろ)

 

 そう自嘲気味に思いつつも、歩みはどこか軽かった。



* * *



 神殿の裏門前に着くころには、空はすっかり夜に染まりきっていた。門前の灯籠が静かに道を照らし、街の灯が遠くにまたたいている。

 ルカは神官服を脱ぎ、淡いグレーのシャツと黒のズボンという簡素な服に着替えていた。風に揺れる草の音を聞きながら待っていると――


 「ルカ!」


 小さく靴音を響かせながら、ユナがこちらへと急ぎ足で近づいてくる。黒のワンピースは身体のラインに寄り添うようにしなやかに揺れ、マーメードラインの裾が、夜の静けさをすべるように舞った。月明かりを受けたその姿は、闇に溶けることなく、どこか凛とした光を宿していた。


 「ごめんなさい、待った?」


 「いや……ちょうど今来たところだ」


 そう答えながらも、ルカの胸はどこかざわついていた。

 柔らかくまとめられた髪、そして――夜にしっとりと溶け込むような黒のワンピース。今までとは違う、大人びた気配を纏ったその姿に、思わず息を呑みそうになる。


 (……どうして今夜に限って、そんなに綺麗なんだ)


 言葉にはせず、ただ心の奥でそっと呟く。その想いだけが、夜の静けさにまぎれて、ゆっくりと沈んでいった。

 ユナが歩幅を合わせて隣に並ぶ。すぐそばに感じる香りが、ふいに距離を意識させる。

 

 二人は無言のまま裏門を抜けた。夜の街へと続く石畳の道を、まるでかつての続きをなぞるように、静かに歩いていく。

 その影は、並んでそっと揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ