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70.聖域の審議3

 沈黙の中で、ザカリアがゆっくりと手を組み、静かに言葉を継いだ。


 「では、任命式ですが……“光冠の夜会”と銘打ってはどうでしょう。聖女としての任命と、お披露目を兼ねた、格式ある舞踏の場として。王家主催のもとで行えば、神殿と王権が共にマナ様を聖女と認めたという、強いメッセージになります」


 ザカリアの提案に、再び会議の場が静まる。

 イリナが静かに頷いた。


 「本来であれば、神殿主導で聖女を正式に任命すべきところですが……今回ばかりは、あえて王宮の場で行うのがよいでしょう」


 「……王の御前で、全ての者に向けて聖女を認める、という形ですね」ルカもまた、神妙な顔でその意図を汲む。


 「いいじゃないですか、それ」


 と、軽やかな声が続いた。ベルンが口元を綻ばせながら頷く。


 「神殿の格式だけで固めるより、ずっと華やかになる。貴族連中も呼んで、民にも噂が届けば、だいぶ安心させられると思いますよ?」


 「聖女の加護がこの国に戻った――その象徴として、マナ様の存在を王宮の場で示すことには大きな意味があります」セトが静かに言った。


 だが、その沈黙を破ったのは、イリナだった。


 「……ところで」


 と、思案を含む声で切り出す。


 「マナ様の“母君”――ユナ様については、どう扱うおつもりですか?」


 視線が一斉にイリナへと向けられる。


 「聖女サクラが再びこの地に戻った……その事実を、ここで明かすのもひとつの手かと。……噂はすでに王都中に広がりつつあります。むしろマナ様が“聖女サクラの娘”であることを公に認めた方が、マナ様の正統性を裏付ける証拠になるのでは?」


 「じゃあ、ユナ様も改めて“聖女”として任命するっていうのはどうです?」

 と、ベルンが椅子の背にもたれながら、気軽な口調で続けた。


 「この国の救世主が二人だった――ってなれば、話題性も説得力も倍増ですよ?」


 だが、その軽口にかぶせるように、アルヴァンが低く、明確な声で言った。


 「……彼女を、これ以上“表舞台”に立たせるつもりはない」


 その言葉には、冷静な判断ではなく、どこか個人的な感情がにじんでいた。

 場に微かな緊張が走る。

 すると、今度はロイゼルが慎重に口を開いた。


 「陛下。……恐れながら、聖女マナの“母君”が、かつての聖女サクラであるという事実は、もはや隠し通せるものではありません。それに、聖女サクラがかつて陛下のご婚約者であったことは、当時の貴族たちの間では広く知られておりました。今となっては記憶の彼方に追いやられていたかもしれませんが、名を変えて現れたユナ様と結びつけば、いずれ誰かが気づくのは時間の問題でしょう。下手に伏せ続ければ、誤解や憶測だけが先行してしまいます。――むしろ、今ここで“公の場で紹介する”ことで、筋を通すべきかと存じます」

 

 アルヴァンは、言葉を返さなかった。ただ、視線を伏せ、その奥に複雑な感情を宿らせる。

 短い沈黙ののち、彼は静かに息を吐き、ゆっくりと頷いた。


 「……分かった。“光冠の夜会”、その準備を進めよう。聖女マナが、この国の加護の象徴であることを皆の前に示すために。そしてその母が、かつてこの国を救った“聖女サクラ”であることも――公にしよう」


 アルヴァンはわずかに目を伏せた。静かな声音の奥に、消せぬ過去への悔いがほんの一瞬、滲んでいた。

会議はさらに深く、長く続いていった――。



 ――すべての話が終わったのは、夜の帳が静かに王都を包み始めた頃だった。

 長引いた会議に、誰もがわずかに疲れをにじませていた。アルヴァンが無言で席を立ち、後に続くようにロイゼル、そして宰相ザカリアと近衛騎士団長レオンも退出する。重い議論を終えた神官長たちも順に立ち上がり、静かに謁見の間を後にした。

 石造りの廊下には、かすかな灯火と夜風が通り抜ける。その静けさを破ったのは、どこまでも軽いあの男の声だった。

 

 「――すっかり夜になっちゃったね、ルカ」

 

 振り返ると、ベルンが口元に笑みを浮かべながら並んで歩いていた。


 「ユナ様、お部屋で今か今かと君が来るのを待ってるんじゃない~?」


 「ちょっと」


 鋭い声とともに、ヴァレア神殿のイリナがベルンの袖を引っ張る。


 「ベルン、いい加減にしなさいよ。ルカに黒焦げにされたいの?」

 

 「えー? だってあのときのユナ様、どう見てもルカに早く会いたくて仕方ない~って顔していたじゃない?」


 ベルンはまったく反省する気配もなく、軽やかに笑った。

 ルカは溜息を一つ落とし、視線を天井に向けた――が、そのときだった。


 「……どういうことだ?」


 落ち着いた、しかしどこか鋭さを帯びた声が、廊下の奥から響いた。振り返ると、すでに去ったはずの国王アルヴァンが、ゆっくりと歩いてこちらに戻ってきていた。彼の顔には、笑みも怒りも浮かんでいない。ただ、何かを確かめようとするような、静かな探る色だけがあった。

 

 「ルカ神官長」


 ぴたりと足を止めたアルヴァンが、真っ直ぐに彼を見据える。


 「君は……ユナと――聖女マナの母親と、こんな時間に“部屋で二人きりで会う約束”をするような、そんな特別な間柄なのか?」


 その場の空気が、一瞬にして張り詰めた。ベルンだけが面白がって見ている中、イリナは気まずそうに目をそらす。セトは無言で視線を落とし、オズマは眉をひそめた。その沈黙の中心で、ルカはゆっくりと答えた。


 「……いえ、特別な間柄というわけではありません」


 いつもより、わずかに低くなった声に、どこか焦りが混じっていた。


 「ただ、何か相談したいことがあるとだけ――そう、彼女から……」

 

 「だが神官長ともあろう者が、こんな時間に“夫のいる女性”の部屋を訪ねるなど――周囲の目を気にすべきではないか?」


 アルヴァンの言葉には、とがった感情がほんの一瞬だけにじんだ。

 ルカは一歩引くようにして言葉を返した。


 「いや……その……彼女は“夫はいない”と、そう言っておられましたが……」


 自分で口にした瞬間、その発言の意味の重さに気づいたのだろう。


 「――と、このことは……関係ありませんね。失礼しました」

 

 明らかに動揺するルカの様子に、ベルンが吹き出しそうになりながらも我慢している。イリナは額を押さえ、セトは唇を引き結んだまま目を伏せた。

しばしの沈黙ののち、アルヴァンはふっと目を閉じる。


 もう過去は置いてきたはずだった。 ユナにも言われた。互いに別の人生を歩むべきだと──

 それなのに、どうして。 胸の奥が、こんなにもざわつく。

 彼女が今、誰と話し、誰に笑いかけ、誰のために涙を流しているのか。 それを知る資格など、自分にはもうない。……そのはずなのに。

 

 「……軽々しく踏み込むな。彼女は、そういう存在じゃない」


 わずかに声を低くして、そう一言だけを残し、アルヴァンは踵を返した。

 誰にも見えぬ背中。 だがその足取りには、抑えきれぬ葛藤と、消せぬ想いがにじんでいた。

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