101.愛のかたち
翌日の昼下がり。
回廊を渡る風が、柱と柱の間に掛けられた薄布の垂れ幕をふわりと揺らしていた。
歩いていたユナの視線が、中庭に吸い寄せられる。
そこには、セトとマナが並んで立っていた。
マナが何かを笑いながら話し、セトが静かに頷く。
時折、マナの髪が風にほどけて頬にかかると、セトが何気なくそれを直してやる――そんな自然なやり取り。
ユナは足を止め、目を細める。
(……幸せそうね、マナ)
胸の奥がふっと温かくなり、知らず微笑みがこぼれた。
「……穏やかな時間だな」
低く落ち着いた声に、ユナは振り向く。
アルヴァンが、いつの間にかすぐ後ろに立っていた。
「ええ、本当に」
小さく笑って返すと、二人はしばし並んで中庭を眺める。
短い言葉の間に、宴の夜の続きが、沈黙として漂う。
「答えを急かすつもりはない。だが――」
「わかってるわ」
ユナは穏やかに首を振る。
「この国がもう少し落ち着くまで、私の返事は預けて。……それが終わったら、きっと」
きっと、の先を言わなかった。アルヴァンは短く息を吐き、口元に微笑を刻む。
「待つことは、戦うことより容易い。そう思っていたが……案外、そうでもないらしい」
「王の学びは深いわね」
「元、だ」
ふたりの笑いは小さく、そして優しかった。
そしてふと、話題を変えるように言った。
「そういえば……あなたに、ちゃんと紹介していなかったわね」
「ん?……ああ」
アルヴァンが視線を移す。
「……私の娘、マナのこと」
小さく笑みを浮かべながらも、その声にはどこか愛おしさがにじんでいた。
「小さい頃から、季節の変わり目にはよく熱を出してね。喉が弱くて、夜中に咳き込むたび、朝まで抱っこしていたわ」
その瞳には、遠い日々の面影が映っている。
「勉強が特別できるわけじゃなかったけれど……自分で立てた計画を毎日欠かさず続ける根気は、誰にも負けなかったの。塾に通わせてあげられなかったのに、それでも努力して希望の学校に合格したのよ」
ユナは、マナの好きな花や料理、初めて作ったクッキーを焦がした日のことまで、ひとつひとつ思い出すように語っていく。
それは誇らしさと、少しの切なさが交じった声だった。
「……あの子はね、誰かのために何かをするのが、当たり前のようにできる子。私の……自慢の娘よ」
アルヴァンは最初こそ戸惑っていたが、やがて静かに頷き、目元をわずかに緩めた。
そして視線を遠くの中庭に向ける。そこでは、マナがセトと笑いながら話している。
その姿を、アルヴァンはしばらく黙って見つめていた。
「そうか、君がどれだけあの子を大切に育ててきたのか、よく分かった。あの子は……いい子だな」
「そうでしょう。本当にいい子なの。……でも、涙もろくてね。誰かが支えてあげないと、立ち上がれない日もきっとまだくる」
「その時は……君が支えてあげるんだろう?」
「……ええ、そうね」
ユナは迷いなく頷いた。
けれど、その横顔には、ふっと遠くを思うような、淡い哀しみが滲んでいた。
***
その夜。
ユナは自室の机に小さなランプをともした。
温かな橙の光が、紙とペンの影を長く引き伸ばす。
机の上には、上質な封筒が二つ。
一つにはアルヴァンの名を、もう一つにはマナの名を――丁寧に書き記す。
インク瓶の栓を開け、ペン先を静かに浸す。
長く深呼吸をして、最初の一文字を記そうとしたところで、指がわずかに震えた。
(……)
その胸の奥で、かすかにざらつくような感覚が広がる。
押し返そうとしても、ぬるりとまとわりつく熱が、静かに息を潜めていた。
窓辺では、夜風に揺れるカーテンが、そっと音を立てていた。
ユナは視線を紙へ落とし、ペン先を滑らせ始めた。
――長く心の底にしまってきた言葉を、文字に託しながら。




