第二王子
エレノアを隠すように前に出たテオが静かに口を開いた。
「ここには酒を交わす為でなく水を頂きにきました」
周りは何を言っているんだ?という顔でこちらの会話を聞いているがこれは隠語だ。水の精霊や王子の事など直接的な言葉は使えないからだ。大っぴらに言うならわざわざ町人に化けた意味がない。
それを聞いて少しだけ面白そうに男性が口の端をあげる。
「うん、それで?」
「百合と貴人の尊い血筋を持つ方にお尋ねしたいことがございます」
百合って…ああ!神殿の象徴よね。つまり初代王の血筋って事かな
よくそんなぽんぽん思いつくなとテオを凝視していると、男性が立ち上がって店主に何か耳打ちした。するとそのまま奥の部屋に手招きされる。
え?
テオと顔を見合わせて頷くと、そのまま三人で部屋の中に入った。
「ここなら楽に話していいぜ」
「では遠慮なく。第二王子だな」
即座に召使いの態度を脱ぎ捨てたテオに、本当に遠慮ねーなと男性が毒づく。
「その前に。アレンからは信頼できる者だと連絡は受けたが、俺はアンタらの関係性を知らない。まずは俺が話してもいい相手だと証明してもらおう。用心深い達でな」
「何を…」
テオが怪訝そうに睨むと、男性は明るい笑顔で言い放った。
「ずばり、アレンの好きな食べ物は?」
エレノアとテオは目が点になった。
「え…えっ!?」
「ほら早く」
思わずテオを見ると、知らんがなというような顔をしている。ここは自分が頑張るしかないとエレノアは拳を握った。
「加護者になってからは食べる事をしてないのでわからないけど、紅茶は濃いめが好きみたいです」
「濃いめ…?」
多分エレノアの淹れる渋い紅茶の事だと把握したのか、横で疑問視するような声が聞こえる。テオは黙ってて!
「幼い頃は、鶏肉のソテーを出したら喜んでたのは覚えてるけど…。あと、意外と甘党ですね。木苺のジャムの減りが早かったから」
あらん限りの昔の記憶を辿って語ると、男性はにこにこしながら聞いていた。
「そうなのか~」
そうなのか…?
「いや、俺は殆ど王城にいないからそんな詳しくないし、聞いても無視されるんだよな。冷たいよな」
え?試されたって事?
「ははは、アンタらが少なくてもちゃんとアレンを見てた人間ってのはわかったよ。ほら、俺王族だし。嘘を見抜ける能力があるんだよね」
「えっ!?そんなの初めて聞いたような…!?」
横のテオが呆れかえったような声で呟いた。
「嘘だよ。王族にそんな特殊能力があるなんて聞いたことない」
エレノアが男性を見るとしてやったりという顔をしている。もうこの人と話すのやだ。
「まあまあ、でも好きな物知りたかったのは本当だ。側にはいてやれなかったが、アレンは可愛い末っ子で大事な家族だから」
その顔は先ほどの悪戯顔と違って愛情を持っているように感じた。
ああ、この人は弟の側にいるのがどういう人間か心配だったのかも
王家の兄弟たちは表立っての交流はないのにひっそり情が厚いのは標準装備なのだろうか。第一王子とはまた違った様子だが、ちゃんとアレンの事を想っているのがわかる。
「じゃあ改めて。俺はセルジュ…まあ、名だけでいいか」
「エレノアです」
「……テオ」
簡単に自己紹介をした後に、この場所は密談に持ってこいの場所だと教えてもらった。窓もなく、外は人々の声で内容が漏れないようになっているらしい。
「さて、それで俺に会いたかったんだって?」
「事前に聞いていたけど、変じ…随分変わった人ですね。アレンも親しく接してくれるけど、そこまで馴れ馴れしくないですから」
じろじろと見つめると、第二王子は思わず噴き出した。
「あ~そりゃ兄上みたいに生真面目なのを王子だと認識してたら面食らうだろうな。精霊もさ、盲目的に歴史の方針に従う父や違和感を感じていても逆らえないような兄のようなのを王に選ぶだろ?俺やアレンみたいなのは王には選ばれない」
「……精霊について知ってるんですね」
そりゃあと肩をすくめたと同時に、テオが会話に割り込んできた。
「なぜ精霊が選ぶのが王なんだ?選ぶのは水の精霊の加護者だろ?」
「実質的に加護者以外の兄弟が王になるだろ?選ばれなかった者が強制的に王になるならそれは選ばれたのと同じ事だ。つまり、王になって精霊の契約を疑問視したり、改訂など余計な事をしないような奴を選ぶって事」
なんでずっと城にいなかったはずの第二王子が精霊に詳しいのかという疑問がわいてくる。それを察したように王子は話しを続ける。
「精霊についてはずっと調べてる。だって俺が城を出たのはその精霊のせいだからな」
「え?そういう事ですか?」
「うーん、どこから話すかな…」
第二王子には幼い頃、母と母の専属侍女がいたらしい。王子から見ても二人は友達のように仲が良かったと言う。
そして侍女は身分が低いが綺麗な人で王に見初められたらしい。
「当時は俺も幼かったから記憶も曖昧なんだが、その人が泣いて母に相談していた。そしていつの間にかいなくなった。後でわかったが母がその侍女を伝手を使って逃がしたらしい。多分、子供でもいたんじゃないかな」
妃になれない身分の女が私生児を産めば、その子の人生はあまり良いものとは言えなくなる。他の妃たちから命を狙われても守る事も出来ないからだ。
「ただそれで終わりじゃなかったんだ」
それからしばらく経って、夜中に母がいないと召使いが王子の部屋に探しに来た。何か胸騒ぎがして王子も夜の王宮を走り回って探した。
「暗闇の中にさ、不思議とはっきり見える女がいたんだ。別に発光してるわけじゃないのに何故か見える。けれど顔がわからない、奇妙な女が。そしてその足元にもう一人女性が倒れているのがわかった。それが母だとわかって叫んで近寄ったんだ」
あまりの悲惨な光景を想像して、エレノアは声を発せなくなる。テオも何も言わずに聞いていた。
「冷たい母を抱きしめて女を睨むと自分もそいつに殺されるんかなと思ったが、何も起こらなかった。ただ、良い器を見つけたのに残念だと言っていた」
器?
「それで次に目が覚めると自分の部屋で寝ていたんだ。それで夢かと思ったんだがな」
そこで王子は目を伏せて間を開けた。しばらく何かを考えている様子に見えて何も言わなかったが、唐突に口を開いた。
「次の日、母が死んだと聞かされた」
何と言おうかエレノアが戸惑っていると今度はテオが会話を続けた。
「その女が精霊だと」
「テオ…」
あまりに躊躇なく続けるので、思わず諫めるとテオが首を振った。
「俺たちは限られた時間で真実を聞きにきてる、知りたいのはその先だ。それに親しい者の死に悲しんでいるのは皆同じだ」
「テオ?」
「いや、お前は正しいよ。もう落ち着いて話せるくらいには時間も経っているしな。他人の感傷話に時間をとられている場合じゃないだろう、話を続けよう」
親しい者の死に悲しんでいるのは皆同じ…
それはエレノアにはわかる言葉だが、なぜテオが失った者のように聞こえるのか不思議だった。




