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酒場

猫になってからエレノアは第三王宮の自分の部屋からほぼ出ていなかった。

イライラを隠しもせず睨みつけているのに、テオは毎日やってきた。撫でようとするのでその度に噛みつくのだが、痛そうなそぶりもせず…


「今日も元気だね」


などと宣う。エレノアの方が気になるほど指の咬み跡が増えてくると、テオはマゾかもしれないと密かに思うようになった。今日は尻を向けて顔を合わせないようにしている。


「ノア。ノ~ア?こっち向いて」


尻尾でぺしぺしっと抗議すると、緩く尻尾をつかまれた。気持ち悪い感覚に思わず振り返って飛びのく。


ちょっと!触らないでよっ尻尾は繊細な部分なのよ


「ああ、やっとこっちを見てくれた。具合の悪いとこはない?」


エレノアの目をじっと見て観察する。テオは人間のエレノアの時も同じように、健康をよく聞いていた。まるで何か起こるかのように。


私が寝てる時、ちゃんと息してるかたまに確認してたの知ってるのよね


テオは何がそんなに怖いのだろう?

精霊の加護者はそうそう死ななくなる。むしろテオの方がいつ寝てるのか、どこで何をしてるのか不明な事が多くて大丈夫なのかと聞きたくなる。


そういう意味では私もテオを心配する気持ちがあるからわかるけど


でも勝手に猫にした事は許してない。いたせり尽せりで猫生活もちょっといいかなと思ったが、ほんのちょっとだけだ。


「機嫌なおしてよ。ノアの安全の為だったんだよ?それに数日後には人間に戻れるから」


その言葉にぱっと顔をあげるとテオと目があった。にこりと笑って耳の横を撫でられる。


「第二王子からの返事が来たよ。会って下さるそうだ」




第二王子の事はエレノアは殆ど知らない。長年城勤めの者達ですら何回かしか見たことがないと言う者もいる。けれどそれ以上に公に語られない事情があった。


精霊の怒りを買った


そんな噂がひそかにあったからだ。なぜそんな事になったのか誰も真偽を確かめられないが、彼の産みの母親が幼い頃に亡くなっているのも関係しているのかもしれない。


セルジュ王子…どんな方なのかしら


アレンからはちょっと変わった人、のような事を聞いたような気がする。けれど悪い人ではないと強調していたから大丈夫だろう。多分?

そしてエレノアは会合の前日やっと人間に戻れた。


「一生戻れないかと思ったわ」


手足を伸ばして久しぶりの目線の高さに感動する。猫もそこまで嫌ではなかったが、やはり人間がいい。


「アレンとも久しぶりね」

「エレノアが会いに来てくれなかったからね。それよりテオは?」

「明日出る直前まで会わない事にしたの。アレンには二度手間になるから悪いけど連絡事項は別にテオに伝えてね」


それは可哀想にとちょっと笑ったアレンがリハルに合図して服を手渡してくれる。


「城の外だから町民の服だよ。エレノアは獣人だから外套も忘れずにね」

「あ、そうね。ここにいると忘れそうになるけど獣人は差別されてるのよね」


そういえば第二王子は獣人に忌避感はないのかしら


第一王子は思ったより受け入れてくれていたような気がするが、第二王子はわからない。その様子を感じ取ったのか、アレンが先に話してくれる。


「兄上は獣人を差別する事はないと思う。平民の中に紛れ込むのも性に合ってると言われる方だから」

「それは変わってるわね」


そもそも貴族は階級に対する誇りがあるので、平民を同等にはあつかわない。しかも王族だった者からしたら普通は同じ人間と思わなくてもおかしくない。


そういう意味ではアレンもかなり変わってたのね


「僕も幼い頃は城の外に逃げたくて、一緒に連れて行ってと言った事がある。けれど兄上はこちらに来るなと言った」

「アレンは水の精霊の加護者だものね。第二王子も…本当は城に戻りたかったのかしら」

「どうかな。兄上はそう言ったけれど、城下町に戻る時は誰よりも幸そうだった。もうこの場所は兄上の居場所ではないんだなと思ったよ」


少し悲し気な表情で語るアレンを見ると何も言えなくなってしまった。それを払拭するようにアレンは別の話題に切り替えた。


「兄上の好きな物を用意するから渡して欲しいな。一緒に行けないのが残念だよ」




当日やっとテオと顔を合わせると、何年も会っていない家族にするようにぎゅっと抱きしめられた。


「はあ、やっと顔が見れた。ずっと盗み見てたけどやっぱり近くで見たかったよ」


……。なんか聞こえたけど聞こえなかった事にしよう


「それより、待ち合わせ場所が酒場になってるけど本当にあってるの?」

「間違いないはずだよ。何を考えているかは知らないけどね」


そしてテオに手をひかれて城下町にやってきた。この場所に来るのは二度目だったが、最初に来た時のような悲壮感はない。それは横にテオがいてくれるのが大きい。


「活気があって素敵ね。人間だった時もテオと一緒に来ればよかった。国外に出るのはともかく、外出を制限されてたわけでもなかったのにね」

「それは…仕方ないよ。もうあまり気にしないで」


テオは王宮に閉じこもっていた頃の事にあまり触れてこない。多分、気を使ってくれているのだと思う。


それだけ酷かったって事よね。ほんと、どうしちゃってたのかしらあの時の私は。


道なりに進んでいくと宿屋が立ち並ぶ場所と共に酒場の看板が見えた。昼間なのに大きな声が響くくらい人が多そうだった。


「今日は休日だからね」


テオがそう言って酒場の扉をあけると、本当にたくさんの男性たちがいた。屈強な兵士らしき人や町民と思える人達が屯って楽しそうに酒を飲んでいる。昼間だからか女性もいて何やら美味しそうなものを食べている。


この中から王子なんて見つかるのかしら


そんな事を思っていると、人混みの中で明らかに毛色の違う男性がいた。

黒髪だが、目の色がアレンと同じ色をしてる。力仕事をしているのかガタイもいい。


けど、よく似てる


第一王子ともアレンとも顔つきが全く同じというわけではないが雰囲気が似ている。三人とも母親が違うらしいのでむしろここまで似ているというのがすごい。


テオも気づいたのか男性に近づいていく。


「失礼。手紙の返事をくれたのは貴方ですか?」


……?あっそうか、ここでアレンの事は言えないわよね


男性の目がじっとエレノアとテオを捕らえた。目つきは鋭い肉食動物のようだ。

そして悪戯好きのような顔をしてにっと笑った。


「誰だったかな?俺はそれなりに人気者でな、約束は星の数ほどあるんだ」


はあ~!?


仕事仲間らしき人達から、同じだけ女に振られてるけどなと野次が飛んでくる。気安い性格で慕われているのがわかる。


「女の子なら特別に予定に割り込んでくるのは歓迎するがな」

「えっ!?」


そういってエレノアの手をとってにっこり笑った。アレンからは変わってるとは聞いても女好きとは聞いてない。それを即座に払いのけてテオがエレノアを庇うように前に出た。

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