夢の精霊
エレノアは長年見てきた自分の姿を真正面から見つめていた。それはとても奇妙な光景で、同じ顔なのに全く別人のように見える。少なくても自分だと瞬時には思えなかったくらいだ。
それに、この匂い…
以前嗅いだ土の匂いがさらに強くなっている。なぜエレノアの身体からこのような匂いがするのかがよくわからない。呆けているエレノアを無視して、偽物は足元の石を掴んだ。それを躊躇なく口元に持っていき、驚く事にそのまま飲み込んだ。
「ちょっ…」
信じられない物を見た気がして、思わず言葉が出てこない。どう考えても食べ物ではないだろう。
「これが何だか知らないで持っていたの?これはね、獣人の魔力の塊よ」
「え?でも獣人は魔力が…」
魔法が通じないというのは、もしかして魔力がないという意味ではない?
ふとした疑問が起こった。
人間でも魔法使い以外は魔力がないと思っている。けれど獣人のように魔法が通じないわけではない。ならば、その違いは何なのだろう。
「祖先を辿れば獣人に魔力がないわけがないでしょう。ただ、それを使う器官がないのよ。だから死んだ後にこうやって魔力の物質だけが残るの」
え、まって…じゃああの石って
さぁっと青ざめると同時に、石は魔力を持つ者にとって取り入れる事ができるのだと理解する。そして目の前にいる人物は魔法が使えると言う事になる。もちろんエレノア自身は魔法は使えないはずだ。
元々エレノアの中にいる人物が人間ではないというは把握していたので、そこまで予想外ではない。その前に言った言葉に気になる事があった。
「あ、の…獣人の祖先って?」
「貴方達はそんな事も忘れてしまったの?自身を犠牲にしてまで獣人を助けたというのに。可哀想に」
どう言う事?
「答えてあげてもいいわよ、魔力を貰ったからね。むしろ何を知っているの?初代の王と水の精霊の事は?」
確か礼拝堂で教えてもらった事よね
「禁忌を犯して初代王と水の精霊には罰が下されたという事だけ…」
「そうね、彼らは愛し合ったの。そして異形の子供が生まれたのだけれど精霊たちはそれを許さなかった。耳のついた獣や人間でも精霊でもない子供を殺そうとしたの」
獣人が精霊の子供…?
確かに魔力が通じないというのは既視感があった。精霊の加護者同士は代償の制約を受けないという事。同一の力は相殺されると考えたら、獣人に魔法は通じないのも頷ける。魔法は精霊の力を借りた奇跡だから。
「そして子供達を守るために懇願したのが初代の王よ。まあ、初代といっても今の王家の血筋は正確には違うけどね。だって生き残るために獣人の子孫は最下層に落とされたのだから」
「なぜ獣人たちが…?」
「精霊は対価に応じて代償が必要でしょう?初代王には孤独を、水の精霊には従属を、獣人は人権を、子供の中に人間のまがいものがいたのだけれど、永遠に城に縛り付けられ自由を奪われる事になった」
城に…?
そこではっと気づいた。城に縛り付けられる精霊の子孫。
永遠という言葉の意味は、もしかしたら死ぬことはなく今も生き続けているとは考えられないだろうか。
「あなたなの…?」
「人間は私を夢の精霊と呼んだわ」
合わせた視線を逸らせずに息を吸うのも忘れる。まさか、目の前にいる自分の姿をした者が本当に精霊だと言うのだろうか。そして何より、そんな重大な事をなぜ自分に話したのか。
まさか
嫌な予感がして目の前の自分を見ると、とても嬉しそうに笑っている。不気味なほどに。
「獣人の魔力は私の糧になるの。時間のない私にはとても貴重なものなのよ」
私、もしかしてここで死ぬの…?
軽視されている獣人の命のひとつなどなくなっても誰も気に留めないだろう。近づいてくるものを目を逸らさずに見つめる。見ているのは怖いが、逸らすのはもっと怖い。
立ち上がって逃げようかと後ろに後ずさりした瞬間、どこからか声がした。
「やめなさい」
彼女の後ろに礼服の男性が立っていた。いつも神出鬼没の男性が救世主のように見える。
「どうして邪魔するの?相変わらず獣人贔屓なのね」
「ちゃんと君の事も想っている。知っているだろう?」
え?まって、この二人どういう関係?
二人が知り合いであろうと言う事は知っていたが詳しい関係性は知らなかった。なんだか、恋人同士のような会話に聞こえるのは気のせいだろうか?
そういえばこの男性は、神殿の紋章を持ってたわよね
ちらりと礼服に付いている飾りの中に、花と女性を象った勲章のようなものをみつける。服装からも神殿の上層部の人間だとするならば、精霊に関して知っていてもおかしくないのだろうか。
この人は彼女を正体を知っていたのね
じっと二人を見つめていると、礼服の男性と目があう。
そして偽物のエレノアの注意を惹きつけつつ、こちらに目線だけで何か合図してきた。
今のうちに逃げろって事?
エレノアは一度頷くとそのまますぐに行動に移した。身体を低くして、彼女の横をすり抜け会場に紛れる。後ろを振り向く余裕はなかったので、何か言っていたのかはわからない。出来れば獣人の召使のことなんてすぐに忘れていてくれたらいいなと思う。
怖かった…!
けれど、今まで得られなかった情報をかなり知れたように感じる。そしてテオには怒られる気がする。
しかし会場をみたけれど、テオはどこにもいなかった。
そういえば、偽物の私にもついていなかったわね。どこに行ったのかしら?
きょろきょろと見回していると、いきなり視界に黒い影が飛び込んできた。
「ノア、いきなり視界から消えたと思ったらどこに行ってたの!?」
「わっ!テオ!?」
もしかしなくても、エレノアを探してくれていたのだろう。せっかく着ていた高そうな服が乱れている。見知った顔に安心したのか、思わずテオに抱き着くと周りの召使からはぎょっとした目で見られる。けれどテオは何も言わずに同じように抱きしめ返してくれた。
「どうしたの?心細かった?」
「すっごく!実はね……」
今起こった事を掻い摘んで話すと、何故かテオが無言になった。
「ちょっと、テオ聞いてる?」
「……」
顔を見て言おうとすると、何故か強く抱きしめられたまま離れない。
「…!?~~!?ちょっと?離して?」
やっと手が離れたと思ったらその手はエレノアの肩に置かれて、またがっちりと掴まれる。
「ちょっと出ようか。ここは危ないからね?ノアには言いたいことが沢山あるよ」
絶対怒っているのを感じ取り、エレノアは逃げ出そうと軽い抵抗を示すが無駄だった。穏やかに話しているのにテオの圧が一段と強い。
「返事は?」
「う、はい」
そのまま手を引かれて会場から第三王宮に続く通路を無言で歩いた。




