王子の本音
第一王子の顔を間近で見ながらエレノアは固まった。
え?え?というか、なんでこの人私が見えてるの?
猫の姿のままという事は薬の効果はまだ切れてはいないはずだ。
そういや窓の開閉に夢中で声を出してしまったかもしれない。それを見られたのだろうか?
うわあああ~
第一王子は動物が嫌いなはずだ。このままここでエレノアの人生が終わるかもしれない。逃げ出そうとしても王子の手は一向に緩まない。
「どうやって入って来た?」
真剣にこちらに語り掛ける王子に困惑する。明らかに言葉が通じると思っているような言い方だからだ。
私はただの猫ですよ~だから離して!
「獣人だろう?」
びくっとして王子を見上げると、確信を得たように少しだけ掴んでる手を緩めた。
「いくらなんでもただの動物が宮の奥まで潜り込めるわけがない。どうやったかは知らないが、知恵を持った獣は獣人でしかありえない。そういえば、エスティの新しい侍女が獣人だというがまさかお前か?」
終わった…
第一王子もこの城の主の一人だ。それなりの情報を持っているのは当然で、エレノアの事も知っていてもおかしくない。
「大方、エスティが心配で付いてきたか、もしくは私を探りに来たか。両方か」
うう、この人さっきまで苦しそうに怒ってたのに…なんで急に冷静になってるの?
やっぱり、あの香炉のせいだったのだろうか?ちらりと見ると、それに気づいた王子も同じように香炉を見る。
「あれか。あれは三番目の妃が持ってきたものだ。シナズリ…ソウとか言っていたか」
……?何かしら?聞き覚えがないから、きっと普段使いするものじゃないわ
それに三番目の妃と言ったら神殿の関係者だったはずだ。神殿側が持っている物で世に出回っていないものが確かあった。昔から使われていたであろう祭典用に焚く香の類だ。
精霊と通じやすくなるとか迷信みたいな事言われてるけど、結局幻覚作用のある薬草でしょう?
多分麻薬の一種だと思う。直接摂取してるわけじゃないからそこまで急激な変化はないだろうが、長期になるとわからない。先ほどの様子からして身体に影響がないとは思えない。
師匠に聞いてみたらわかるかしら?
少なくても王子が使っていい物ではない。危険だと言う意味も込めて非難の鳴き声を上げるとうるさいと口を閉じられた。
「わかっているさ、これが良くない物だって」
え?
わかってて使ってるの?困惑しながら王子を見ると、気怠そうに頷かれた。
「これはね、感情の抑制が出来なくなるけれど従順で扱いやすくなるらしい。私を物分かりのいい人形にしたてあげた方が都合がいいのだろう。けれどこれは神殿側が持ち込み王家が承認したもの。つまり国の意志さ。神殿はあわよくば私を引きずりおろして水の加護者を頂点につけたいと思ってるんだろうが」
アレンを?水の加護者は王にはなれないはず。けれど後継者がいなくなればわからないって事?それでも王はそんな事望んでないでしょ。貴方はそれでいいの?
アレンもそうだが、この国の王子たちは自己犠牲がすぎる気がする。
必死ににゃごにゃご言っていると、首を傾げながら第一王子は続ける。
「父上の事?あの人は子供に興味がないからね、あるのは国の繁栄と精霊だけ。そういう意味では良い王だろうな。精霊には気を付けた方がいい、あれは思っているようなモノじゃないかもしれない」
え?どういう事?
「多分精霊については私よりも第二王子…セルジュの方が知っているかもしれない」
第二王子?私も長い事王宮にいたけど会った事ないわ。どこにいるの?
そういえばディザリアの事は知っているだろうか?一応猫語で聞いてみたが、やはり伝わらなかった。第一王子も精霊に不信を抱きつつあっても、何もかも知っているわけではないのだろうか?
うう、猫の姿じゃなければ色々聞けたのに…!
そんなこと思っていると、王子が香に手を伸ばした。
エレノアがそれを慌てて止めると、ふっと笑われた。
「香はやめれないかな…自分がおかしくなるのはわかるけれど、楽でもあるんだ。忘れたい全ての事を夢のように忘れる事が出来るから。こんな弱い私は王族として失格だろう」
弱いなんて…
エレノア自身にも覚えのある感情で少し戸惑う。弱い自分を認めるのはとても苦しい。
王族として生まれたからには相応の義務が生じる。けれど上に立つ者が誰しも聖人君子になれるわけではない。天才も秀才も凡人も皆同じ人間だから弱い部分は必ずある。強くあろうと、それを隠すのが上手いだけだ。
「もう行きなさい。そろそろ香の切れる時間だから誰か来るかもしれない」
え?逃がしてくれるの?私猫の姿なのに?
不思議そうに見ていると、じっとこちらを見ていた王子がさも当然と言うように口を開いた。
「私は動物を殺したいと思った事はない」
知ってるわ。幼い頃に獣人に対する法改正をしてくれた人だもの、けれどここは城のどこよりも動物に厳しいでしょう?どうして?
「理性を失うと何故かそれが憎悪の対象になる事がある。弟の事も心の奥底では憎んでいたのかもしれないと思うと本当に自分が嫌になる」
中毒症状の間はどちらかというと催眠状態に近いかもしれない。けれど催眠は本人が本当に思ってないことは実行できない。彼はアレンを殺したいとは思っていないだろう。けれどもし、いなくなれば新たに水の加護者が選ばれるかもしれない…とは考えたかもしれない。
そういう欲望を増大させるものはとても危険だと思った。
今話している第一王子はとても理知的で王にふさわしい人柄に思えるのに。
それにどうして私にこんな話を教えてくれるの?
なぜか先ほどから会話が成立しているのでこれも猫語で話しかけてみたのだが、まだどこかに行こうとしないエレノアに少し不思議がっているようだ。
「また何か聞きたいことが?大抵は話したと思う。私が正気を保てる時間があまりないかもしれないから、エスティに謝っておいてほしい。そして必要があれば…」
第一王子はその先を続けなかったが、予想は出来る気がした。
彼はアレンの事を本当に嫌っているわけじゃない。ただ、大事だからこそ遠ざけたいのかもしれない。そして憎まれる理由も作っておきたいと言っているようにも思える。
この人にとって水の精霊の加護者は人生を変えてしまう程のものだったのね
理解は出来ないけれど、否定も出来ない。
人には誰でも譲れない人生の指標となるものがある。実直な人だからこそ、それを失った時に立ち上がる術を持てないのかもしれない。自尊心を保つために、人間らしく生きていくために。
そしてエレノアにはもうひとつ気になる事が出来た。
それを聞くために後ろ髪を引かれるもとい、今は猫なので後ろ毛を引かれる王子の部屋から出て、探し人がいるであろう第三王宮に急いだ。




