魔術師の立場
エレノアは誰にも見つからずに第三王宮に帰って来た。姿が認識されないというのは思いの他楽で、魔術師にたまに頼みたいと思う程だった。
そして帰ったら帰ったで、アレンは暗い顔をしてテオはイライラしながら突っ立っていた。エレノアが一緒に帰ってきてないことに気付いて、テオは今にも第一王宮に引き返そうとしている所だった。
テオ、ここよ
声は猫の鳴き声だったが聞こえたのだろう、途端に物凄い勢いでテオと目があった。
「ノア!何してたんだよ」
テオはこれで大丈夫だろう。アレンの方は第一王子との話で落ち込んでいるのだろうが、猫の姿では言葉が発せないのでフォローも出来ない。とりあえずこちらは後回しで、先に戻って来た目的を果たす事にした。
師匠はどこにいるの?
「東の魔術師の事?さあ?」
なんでテオと会話できるのかはもう考えないことにした。エレノアの事ならなんでもわかるんだよと言われたら信じてしまいそうだ。テオの言葉を聞いてアレンが反応した。
「兄上との話が終わったら報告がてらここに来るように言ってあるから、後で会えると思うよ」
テオが嫌な顔をしたのを余所にエレノアはぴょんっとアレンの近くの寝台に飛び乗り、アレンの手に小さな猫の手を重ねた。
「……慰めてくれるの?兄上との会話、見てたんでしょう?心配した?」
ぎくっとしてアレンを見上げる。テオの様子でまあ、バレただろうなと思っていた。自分は何故か猫の姿だし、それなのに冷静なアレンの姿を見て流石だと思った。
第一王子はアレンを嫌ってないよ
正確に言えば、妬んでいる気持ちが全くないわけではないが憎んでいるようには見えなかった。ただ負い目がある分、昔のように気安く話すのは気まずいのだろう。
そんな事を思っていると、東の魔術師は部屋に入って来た。
師匠!
こちらが威嚇するように唸ると、面白がるように魔術師がエレノアを見定めた。
「収穫がありましたか?」
アレンがいや、と言葉を濁すが、これはエレノアに言っているだと理解した。そしてあらかじめ用意していただろう薬を取り出す。
「本当は自然と薬の効果が切れるのを待った方がいいのですが、その姿だと満足に話す事が出来ませんからね。僕はわかるのですがお二人に翻訳して話すのは疲れますから」
エレノアを抱えて別の部屋にいこうとした魔術師の肩をテオが掴んで押し留めた。
「ちょっと、ノアをどこに連れていくつもり?その怪しい薬を使うなら、俺の目の届くところで使って欲しいんだけど」
「はあ…。僕は構わないですけれど」
え?ちょっと!テオ、何言ってるの!?
嫌そうに全力で首を振るが、テオは見ないふりをしている。このままここで薬を使って元の姿に戻ってしまう事に問題がある。なぜなら全裸になってしまうから。
「どうします?」
なぜか面白そうにこちらに聞いてくる魔術師を噛みつきたくなった。
ぱっと掴んでいる手を解いて別室に逃げ込む。それを返事と取ったのか、魔術師とテオが付いてくる。
「薬は飲みやすいように出しておくので…。服はそこに、後はわかりますよね?」
魔術師の言葉にうんうんと頷いていると、テオが片足をついてじっとこちらを見ている。
テオも出て行って
「え?何?猫の言葉じゃわからないよ?」
こういう時だけわからない振りをするテオを睨んで猫パンチすると、仕方なく部屋の前で待機すると出て行ってくれた。どっと疲れたエレノアがため息を漏らす。
相変わらず不味そうな薬の色をなるべく見ないように飲み干す。そしてそう時間もかからずに人の姿に戻った。
流石に師匠の薬は効果が出るのがはやいわね
服に着替えて部屋の外に出ると扉の前にテオがいた。そしてエレノアを見てほっとしたように表情を柔らかくした。
「怪我はない?身体の調子は?」
「私は大丈夫。それより師匠は?」
東の魔術師はアレンの側で何か話していたようだが、こちらに気付いて気安い笑みを浮かべた。
「私、師匠に聞きたい事があるんですけど」
「はい」
まるで予想していたようにこちらに向き直る。焦っている様でも煽っているわけでもなく、ただ冷静にこちらを観察しているように見えた。
「師匠は知っていたのね。第一王子が薬でおかしくなっているって」
「え…?」
その言葉に一番に反応したのはアレンだった。彼もまた様々な情報網は持っているだろうが、同じ王子の事に関しては全てを知り得なかったのかもしれない。交流すら断たれていたのだから。
肝心の魔術師はその問いには答えない。曖昧な笑みを浮かべて少し困っているようにも見える。
「どうして…?」
第一王子は東の魔術師が頭痛に効くという茶をもらって飲んでいた。そしてその効果もあって飲んだ後は落ち着いた様子だった。薬能というものは症状を見てそれに合ったものを配合するはずなので、魔術師が第一王子の状態を知らなかったはずはない。
師匠は味方だと思っていたのに…
何となく裏切られた気がして悲しかった。だから何かの間違いかもしれないと魔術師に問いただしたかったのだ。
「エレノア、落ち着いて」
ゆっくりとした声で話しかけてきたのはアレンだった。
「彼は、東の魔術師は王家に仕える者なんだ。僕の物でも、兄上の物でもない。平等に裏切らないし、どちらの味方でもないと言える」
「え…?」
アレンの説明によれば、王家の忠実な臣下である東の魔術師は中立の立場をとらなければいけない。アレンに命令されれば従うように、第一王子に命令されれば同じく従う。そして互いの秘密を漏らす事もない。強いて言えば、王子より優先される命令は王くらいのものらしい。
宥めるようにアレンがエレノアに話しかける。
「だからこそ僕は、東の魔術師を重宝しているんだ。とてもわかりやすいだろう?益ばかりではないがこちらが不利益を被る事がないからね。味方の顔して近づいて裏切る事もないと言いきれる。彼は黙るべき事は絶対に漏らさない、それ以外の事は好き勝手に突っ込んでいくけれど」
アレンは、師匠を信じているのね
人を信じる事は難しい。王子の立場なら尚更選択を見誤らないようにしなければいけない。
何もかも投げ出してくれる味方ではないが、誠実な態度は信じる事が出来るのだと言われている気がした。アレンは自分よりずっとしっかり考えているようで、少し恥ずかしくなった。
「でも今回の事は少し私情が挟み過ぎているように感じるけどね」
そういえば
エレノアを手助けしてくれたのは、どちらかというとアレン側に対しての偏りを感じた。少なくてもそれでエレノアは第一王子の秘密を知れたのだから。
まあ、王子が話してくれたのは偶然だとも言えるけど
あのまま第一王子と話さなければ、結局何もわからなかったはずだ。魔術師はそれでもいいと思っていたのかもしれない。それでもエレノアやアレンに出さなくてもいい手を差し伸べてくれたのは確かだ。
「僕も人間ですから、これは東の魔術師と言うより二人の師匠としての行動でしょうか。あくまで立場を損なわない程度、ですけれど」
ふふっと笑った顔は、最初に会った時よりも親しみを込めたものに見えた。自分の事ばかりで東の魔術師としての彼の立場を考えていなかった事に気付いた。様々な特権が貰える魔法使いの最高峰の異名はなんの努力もなしに築いたものではないはずだ。何もかも投げ出し、こちらの味方になれは傲慢すぎる考えで、だからこそアレンはそうしないのだ。
魔法使いにとって失えない物のはずよね、師匠にも師匠の人生があるのだもの
「師匠、ごめんなさい」
「何がですか?」
彼は全ての事に深入りしてくるわけではない、そして見て見ぬふりをしながらどこか優しく見守っている。そんな信頼の形もあるのかもしれないと思った。




