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怪しい香炉

アレンの言葉にエレノアは彼の心情を慮る。


アレンは悲しむ事はあっても家族を詰る様な事は一切なかった…


だからこそ、これがアレンの本心であるとわかった。ずっと聞きたかっただろう、けれど聞けなかったのだと思う。

聞かなければ想像の中の家族に希望を抱けるから。

現実は優しくない事を知っているから。


きっと家族を好きでいたかったし、好きでいて欲しかったのよね


第一王子の返答にアレンが傷つかないように、猫の手では組めないが祈るように合わせた。

長いとはっきり言えるような無言の時間が過ぎた頃、誰とも言えないため息が静寂を破った。


「お前は何も悪くないよ」


第一王子の言葉にエレノアとアレンは同時に顔を上げた。けれど、どういう意味だろう?何故嫌うのかの質問にその返答は繋がっていないのではないだろうか?


「幼い頃、私がよく先代の水の加護者の元に通っていたのは覚えているか?」

「ええ…兄上が精霊信仰に興味を示していたのは覚えています」

「私はずっと水の加護者に選ばれたかった」


え!?


驚きを隠せないアレンが無言で続きを促す。

水の加護者は国の生贄とも言っていい。生涯不自由な暮らしを強いられるもので、自らなりたいと思う王族などいないと思っていた。


第一王子って精霊信仰の信者だったの?


「この国の支配者は王だが、実質的な権力者は水の加護者なんだよ。もはや加護者がいないと立ち行かない国だから。少なくても神殿の者達はそう思っている」


確かに神殿の人達は王族を軽んじてる感じがしたわね


第一王子は頭を痛そうに抑えた。どこか具合が悪いのだろうか?


「神殿の者達が王をどう思っているか知っているか?精霊に選ばれなかった不出来な人間だと。精霊は高潔な魂を選ぶから」

「それは神殿側が言ってるだけで、水の加護者に選ばれる王族に条件はないはずです」

「けれど精霊に関して明確にわかってるわけではないだろう、少なくても王族の義務を貶めた者には資格が与えられていない」


ええ?でも私もそんなに高尚な人間じゃないはずなんだけど!精霊によって選ぶ基準が違うのかしら?


「だからずっと努力してきた。いつか水の精霊に選ばれるように…。けれど」


アレンが選ばれたのよね。ああ、だからお前は悪くないに繋がるのね?


そこで弟を恨むのは間違っているが、人間の感情は理性で全て説明できるものではない。妬み嫉みなど醜い感情は誰だって表に出したくはない。けれど人を称賛する事もあれば、人を羨む事もある。全て人間が持つ人間らしい感情だから。


「妬んだって仕方ないだろう…?生まれてきてずっと目指していたものが…うっ」

「兄上…?」


本格的に頭痛を訴える第一王子にアレンが慌てて誰かを呼ぼうとした。


「待て、大丈夫だ」


そうして第一王子がベルを鳴らすと、しばらくして召使が茶を淹れて持ってきた。慣れている様で、王子の様子をみても特に驚いた様子はない。王子が茶を飲むと、少し楽なったのか息を吐いて椅子に寄り掛かった。


「これは…?」

「頭痛に効くと東の魔術師が調合してくれた」


師匠が?


エレノアは気になって置いてあるカップの近くまで移動した。テーブルがやや低いのでにゅっと身体を伸ばすと顔だけは上に乗る。鼻をひくひくと動かすと何種類かの薬草の匂いがする。人間の姿ならまずわからないようなものも嗅ぎ分ける事ができる。


うーん?害がありそうなものは入ってなさそう…?


全てがわかるわけではないが、鎮痛作用がありそうなものが入っているのはわかる。後何種類かは単体の効能は何となくしかわからないが、合わせるのはあまりやった事はない組み合わせだった。


じっと第一王子を見ると、確かに痛みからは解放されたがどこか虚ろな表情でアレンを見ている。そしていきなり立ち上がったかと思ったら、徐に叫んだ。


「出て行ってくれ!私はお前を見ているのが苦痛なんだよ!」


今度こそショックを受けたような顔でアレンはテオを呼んで退室した。流石にこれはないだろうとエレノアは怒りながら第一王子に近づくと青い顔した王子がそのまま倒れた。


ええ!?


息は荒く、とても苦し気に冷や汗を流している。


師匠、毒でも盛ったんじゃないでしょうね!?


とりあえず召使は来ないのかと辺りをきょろきょろしていると、女性がひとりやってきた。


…誰?


着ている服装からして召使ではない。そして王子の部屋に特に断りなく入って来れる女性なら妃の一人だろうと思った。確か三人とも政略結婚であり、王権派、貴族派、そして中立の聖下の親族の中から選ばれている。


「また倒れたのですね。ゆっくり息を吸い込めば楽になりますよ」


そう言って女性が何か香炉のようなものを第一王子の前に置いた。それはこの部屋に充満する匂いと同じだった。


あれ、何?なんか良くない物な気がする


女性はそのまま第一王子を残して出て行った。エレノアはちょこちょことテーブルの周りをまわっていたが、思い切って近くの椅子に飛び乗った。ガタンと大きな音がしたので起きるかなと思ったが、第一王子は目を開けなかった。


香炉を嗅いでも知らない匂いでよくわからない。けれど多分第一王子の状態はこれが影響してるんだろうとは思った。


私は何ともないけど獣人には効かない?それとも長期的に摂取する必要があるのかしら


アレンは水の加護者なので毒や薬は効かない為、特に問題はなさそうだった。とりあえず換気をしようとエレノアは窓辺に近づく。簡易な錠で閉まっており普通の猫ならまず開けられない。


ふふふ、この程度ならこの手でもどうにかなるわ


「うにゃっ!」


器用に回転させてなんとか開閉すると、ずっと締め切っていたのか窓を開けた瞬間に埃が舞った。

ふわりと外の空気と入れ替わるのと同時に陽の光も入ってくる。


空気の入れ替えもしないのかしら。ずっとこれじゃ病気になるわ


第一王子は公務以外はあまり活動的な方ではなかった。外で剣を学ぶよりは部屋で本を読んでいる印象だ。だからこそ、長く過ごす自室は整えられていると思っていた。


散らかってないけれど、なんだろう?あまり生活感がないような


窓という窓を全開にしてしばらく経つと、すっかり部屋の空気は入れ替わった。香炉の蓋はしたのでこれ以上匂いは充満しないはずだ。


「にゃ!」


やり切ったと窓辺を背にして振り向くと、なぜか第一王子が目を覚ましてこちらを見ている。


え?


まだ少し顔色はよくないが、苦しそうな気配はない。うん、いや、どうしよう……?

二人で見つめ合って固まっていると、部屋に誰か来るような足音がした。先ほどの妃か、召使いだろうか?どちらにしても今の獣姿のエレノアを見られていいわけがない。特に第一王宮は獣人も入れないほどの獣禁制の場所だ。


ぱっと脱出口として窓を見るが、ここは三階ほどの高さがある。流石に飛び降りれない。

おろおろしていると、身体を大きな手で持ち上げられる。


!?


振り向くと、第一王子がエレノアの身体を両手で掴んでいた。

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