礼拝堂
エレノアはアレンに言われた礼拝堂を調べる為にまずは東の魔術師を探さなくてはいけなかった。
あれから会っていないけれど師匠はどこにいるのかしら?
研究の為には人間らしい生活を捨てる事の出来る、奇特な魔法使いの行動範囲など予想だに出来ない。けれどその悩みはすぐに解消された。
「師匠!?」
書記官であるミハエルが何故か魔術師を抱えて第三王宮にやってきた。テオはすでに任務に出発しているので、部屋にいるのはエレノアとアレンとリハルだけだが誰もが状況がわからず無言でミハエルを見ている。
「魔法研究所の方で東の魔術師が行き倒れていると通報が入り…、その際は第三王子の宮に運ぶように通達されていたはずですが」
そういえばアレンがそんな事を言っていたのを思い出した。けれど本当に行き倒れるとは…。
「ああ、確かに。ご苦労だった。ついでに礼拝堂まで案内してやってくれ、地下に用がある」
「地下は立ち入り禁止では?」
だからこいつがいると、アレンがでろんと倒れている魔術師を指さす。東の魔術師は何かしらの特権があると聞いているが、禁止区域の立ち入りにも適用されるらしい。
「承知しました。行くぞ」
魔術師を担ぎ上げて部屋を出ていくミハエルに、エレノアも急いでついていく。
「何故行くのかは聞かないのですね?」
「主の意向を問うような無粋な真似はしない」
……私は無粋だらけだわ
潔いミハエルの言葉に自省してしまう。
けれどまだ、知らない方がいいわよね
偽物の謎を探るのはひいてはディザリアの事にも繋がっていると言える。ミハエルにとっては何よりも知りたい情報だろうが、教えてもいいのかわからないので何も言えない。真実は知る事で危険を伴う場合もあるので、巻き込むことが一概に良いとも言えない。
何も言えず無言で見ていると、ふとミハエルが口を開いた。
「気になるか?」
「えっ」
以前、耳を切り落としたと言っていたのが衝撃で無意識にミハエルの頭を凝視していたらしい。慌てて別の話題に切り替える。
「ええっと…書記官はディザリア様と幼馴染なんですよね?どんな出会いだったんですか?」
正直ディザリアの話をするのはどうかと思ったが、前もミハエルから話してくれたので出してはいけない話題ではないのだろう。特に顔色を変えることなく淡々と続けてくれる。
「彼女はよく本家を離れて別邸に預けられていた。かなり辺境の森に囲まれた不便な場所だった」
そういえば養女だって言ってたっけ。辺境地に閉じ込めるって…世間から隠したかったのかしら
「辺境地というのは獣人にとってはそこまで嫌な場所ではない。人と会わないで済むから食料さえあれば、幼い獣人は森を居住にしてる場合も多い。私も彼女と出会ったのは森の中だった」
少し表情を柔らかくしたミハエルを見て、きっと幼い頃の事を思い出しているんだなと思った。自分もテオとの昔を思い出すと幸せな気持ちになるのでわかる気がする。
「あの頃は二人とも可愛かったですね」
「わっ!?」
担がれている魔術師がいきなり声を発したので、エレノアは思わず叫んでしまった。そして起きたなら歩いてくださいとぺっと無情にも放り出すミハエル。
「それで、僕はどうしてこんな事になっているんでしょう」
行き倒れてからの記憶はないのか、不思議そうにエレノアとミハエルを見据える。
「師匠は花園に興味があると言って調べてくれてたんですよね?何か進展ありました?」
「いいえ、有力な情報は得られてません。テオ君は非協力ですし」
そうだろうなあ
けれど途中で別の研究に夢中になってあっちこっちふらふらしてたらしい。とりあえず、花園らしい情報があるので一緒に来て下さいと言うと目を輝かせた。
礼拝堂は用がないと行かないようなかなり離れた場所にあった。あまり人がいない割にはかなり立派な建物だ。扉を開けると神官の服を着た青年がこちらを見て礼を尽くした。
「こちらの管理を任されているアルゼと申します」
そうか。こんな大きな場所だもの、管理する神官がいるわよね
それでも城内の礼拝堂なので、立ち寄る人達は貴族だろう。獣人は入れないと言われたらどうしようとやや耳を隠すように縮こまると、神官はにこりと笑って察したように口を開いた。
「祈りを捧げる者に種族は関係ございません。どうぞお気軽にお入りください」
エレノアはほっとして足を進めると、神官はさらに言葉を続ける。
「それに獣人は精霊信仰において関わりのある方々ですからね」
「え?」
どういう、と聞こうとしたら、魔術師が地下への案内を申し出た。
「地下ですか。まあ、結界の点検は大事ですからね。魔法使い様の申し出は理解できます」
なんかそういう事になったらしい…?
大きな広間を抜けると、勝手口のような場所から下に続く暗い階段が現れた。びくびくしながら下に降りると思ったより地下は明るいし、貴族の住まいのような綺麗な造りになっていた。
そうか、一応王族用の部屋だものね
そう考えると、少し質素かもしれないが本棚やテーブルなどひと通り不自由しないくらいの物は揃っている。魔術師が何やら下に描かれている魔法陣を調べたり、辺りをきょろきょろと見回している。こっそりとエレノアが探りを入れる。
「師匠、何かわかりました?」
「いや。魔法の濃度は高いけれど他に変わった物はないですね。ただ…」
魔術師がこんこんと壁を叩く動作をして上を見上げる。何でも造り的に上階の広さからしたらこの奥に何かあってもおかしくないらしい。こちらには窓はないので、もしかして壁を作って隔てのだろうか?けれどそれだと結局何もわからない。
まあ、最初から具体的に何かあるってわけじゃなかったけれど
それでもここまで来たのなら何か収穫がないかなと思い周りを見ると、何枚かの絵がかけられていた。城にあるような肖像画ではなく、抽象的な絵が多い。水色で彩られた女性が誰かに手を伸ばしている。
「綺麗…」
「これは初代王と精霊の絵ですね」
神官が説明してくれるので、そのまま耳を傾ける。
「初代王…も精霊の加護者だったのですか?」
「いいえ。神話の時代は精霊もその姿のまま言葉を交わす事ができたそうです。けれど精霊と人間の間で問題が起こり、精霊は人間に姿を見せる事が出来なくなりました」
「問題って…?」
「存じませんが、争いとも禁忌とも伝えられています。なぜなら、その原因となった初代王と水の精霊には罰が下されたからです。初代王には彷徨える孤独を与えた…と記載があります」
彷徨える孤独…?どういう意味かしら
「これは今で言う代償だと思われます。そして水の精霊の罰は永劫のように続く王家との契約です」
「精霊との契約は罰だったの…」
それとは別に王族の事を当たり前のように罰を受けた罪人のように語る神官に少し違和感を覚えた。建国神話なんかは少なからず王族の都合の悪い部分は隠すのではないだろうか。
確執はないって言ってたけどもしかして神殿と王家ってあまり仲が良くない…?
「えっと…それなら精霊と相性が悪いなんて言われている獣人はどうなんでしょう?先ほど何か関りがあると言ってましたけど」
「ええ。世間ではそう言われておりますが、精霊は獣人を厭うてなどいません。彼らには試練をお与えになっているのです」
「はあ!?」
何でも超越した存在である精霊が特定の相手を気にかける事自体が特別なのだと言う。その扱いが卑下するものであったとしても。それを聞いてエレノアは不快な気分になった。そんな試練のような軽い言葉で獣人は辛い身分に落とされているのだとしたら堪ったものではない。
あまり収穫もなく礼拝堂を後にすると、エレノアは振り返って今までいた建物を見上げる。きっともう行くことはないだろう。
とりあえず神殿は精霊バカってのはわかったわ




