祭りの前夜
エレノアが顔を上げると、そこにはいつもの顔をした書記官がいた。
「すみません、余計な事言いました?」
「構わない。ディザリアは知っていたから誰かに話していても不思議はない」
え?じゃあ書記官は本当に獣人なの?
「城への採用申し込みに人種を区別するようなものはない。要は見た目で振り分けられるんだ。それは出世の妨げになるとわかったから事前に対処した。自分にはここに来て昇り詰める目標があったから」
「対処…?」
よくわからなくて書記官を見つめると、彼は自身の頭を指さした。そこには獣人特有の耳はなく、どこから見ても人間に見える。
「耳を切り落とした」
「は…?」
冗談だよね?
少し青ざめながら無言で書記官を見ると、彼は肯定も否定もせずにそのまま去って行った。
王子の部屋に帰る途中、よくよく思い出すと書記官が獣人であるというのは腑に落ちる。彼は最初から獣人に理解があった。そして獣人でなければ、エレノアの発情期を気付いてはもらえなかっただろう。
面接官などは把握していたはずだから、獣人である事を隠して入ったわけではないだろう。聞かれれば答えただろうが知らない人から見たらどこから見ても人間だと思うだろう。
“僕の古い知り合いが実力で上り詰めましたから”
師匠の言ってた人は書記官だったのね
もし本当に耳を切り落としたのなら、そこまでの覚悟をして城に来たかった理由は何だろう?
アレンの部屋に戻ると、お茶会は終わっていた。部屋の中にはアレンとテオとリハルの三人だけで何かを話していた雰囲気だ。
「遅かったね。おかえり」
「ごめんなさい。えっと、書記官に会って」
「ミハエルに?」
本当は礼服の男性にも会っているのだが、話題に出していいものか迷って省いた。なぜならどこで道草を食っていたのかと睨んでいるテオの視線が痛いから。
テオは彼を怪しんでいるからきっと話が長くなるわ。あとでこっそり言おう…
「前も思ったがミハエルと仲がいいんだな?」
「仲がいいとまでいかないけど…」
アレンは彼が獣人という事は知っているのかしら。知らないのなら言わない方がいいわよね…?
じーっとアレンを見つめて考え事をしていると、今度は後ろから目隠しをされた。
「え!?」
「何をそんなに見つめているの?」
どうやらテオが後ろからエレノアの視界を遮っているいらしい。
「せっかく精霊祭に行く交渉してたのに」
「精霊…?」
「精霊祭。王都の行事だよ」
アレンに説明してもらうと、それは一年に二度、春の終わりと秋の終わりに都で開催されるお祭りらしい。昔はずっと引きこもっていたエレノアにとってはほぼ初耳だ。
そういえば、夜なのに街がとても明るい日があったような?
「本当はもう少し早い時期にするのだけれど、今年はディザリアの事もあったから遅れたんだ。開催しないという意見もあったけれど、市民にとっても大事な息抜きだからね」
お祭り…
「言っておくけど村での踊るだけみたいな規模じゃないよ?屋台や催しもあるらしいから」
エレノアの思考を読むようにテオが突っ込んできた。想像力が貧困なせいで実はよくわからない。
「それに行ってもいいの?」
「仕事が終わった後の夜市になるけどきっと楽しいよ。僕は見ての通り行けないから、テオと二人行っておいで」
アレンが自分の動かない身体を見て笑っているのを見て、少しだけ悲しく思う。
「ほら、そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。楽しんできてよ、エレノアは初めてでしょう?僕は幼いころから何度も行っているんだ」
「アレンには土産を買ってきてやればいい」
テオが珍しくアレンを気遣う言葉を素直に使った。彼も少しは申し訳なく思っているのかもしれない。
「じゃあエレノアは帰ってきたら僕と二人で話をしてよ。ずっとテオが付いて回っているからさ」
「あ?」
前言撤回とばかりに睨むテオを諫めると、アレンはにこりと笑った。
「もちろんテオとも僕と二人で話す機会を設けるよ。これでいいかな」
今度は言葉もなく怪訝な表情でテオはアレンを見つめる。よくわからないが、精霊祭の後は王子と二者面談が始まるらしい?
「僕はこれでもじっくり見ておくよ」
「これ、この間の家系図ね?」
ある時代を境に王女がいないという。ちらりとエレノアも見ると、確かに上にいくほど女性が増えている気がする。
「あら…王女は殆ど嫁がれたようだけど、何人かは結婚もせずに王家に留まってる人がいるのね」
「ああ、それは水の加護者だからだよ」
見た感じ、確かに女性が一人選ばれている。その前も、その前も…。しかもえらく長生きだ。
「水の加護者って女性の方が選ばれやすいの?上の方はずっと王女だわ」
「そう、だね。今は王女がいなくなったから必然的に王子が選ばれているような状態ともいえるね」
アレンとエレノアは同時に黙る。
もしかして、これは何か関係あるのだろうか?
「水の加護者は性別によって何か違いがある?」
「いや、ないはずだよ。皆、不自由な一生を送ったのは同じはず…」
生まれなくなった王女。
多くの女性が水の加護者に選ばれている。
そして偶然なのか、今回の事件で問題となっているディザリアもエレノアも女性だ。
女性が何か特別な意味がある?
「実際第三王子の僕では知らないことも多い。次期王である兄上なら父から伝えられた事もあるかもしれないけれど……僕には教えてもらえないだろうな」
平気な顔をしているが声が少し落ちている気がする。けれど本人が表に出さないようにしているなら、慰めはしない方がいいだろうとエレノアは目を伏せた。
数日後、精霊祭が始まった。
三日かけてするお祭りらしく、エレノア達が行くのは最終日だ。今日はその準備として目立たない市民の服装を試着している。
「テオ…!可愛い」
なんとテオの頭に耳がついている。
精霊祭は獣人に扮するものと仮面をつけるものに分かれるらしい。
「可愛いって男にとって誉め言葉じゃないでしょ」
「女にとっては最高の誉め言葉よ」
エレノアが獣人の姿なので合わせてくれたのだろう。ひとりならきっと仮面を選んでいたはずだ。
「けれど不思議だね、普段あれほど嫌っている獣人に化けるお祭りなんて」
「昔から行っているお祭りだしね。もしかしてずっと昔は獣人は嫌われてなかったのかしら」
「さあね」
精霊と名のつく行事に獣人の格好をする。それはもしかしたら、獣人は精霊と強く結びついている存在なのではと希望のような憶測が頭の片隅に残った。




