精霊祭
「わあ、綺麗ね」
夜の街に出てきたのは初めてだが、祭りとあってとても賑やかだ。思ったよりも獣人の仮装は多いが、普通の獣人にはありえないような色や形の耳を付けている。
そういう形で一応区別してるのね
けれど暗いので本物か偽物かはよくよく見ないとわからない。獣人もこの日だけは祭りを楽しむことができるのかもしれない。ふと、横にいるテオに手を取られた。
「どこに行きたい?」
周りを見渡せば煌びやかな店や見たこともない食べ物が売っている。あれこれ目移りしていると、大きなかがり火が映って思わず目を逸らした。
「…っ」
それに気づいたテオがゆっくりと見えないようにエレノアの目を手で覆った。
「大丈夫?」
あの村を焼いた火災を思い出したからだ。火の海になる見慣れた村の景色、人々の悲鳴、そして…。あれも村祭りの日の夜に起こった出来事だった。
「ごめん、大丈夫。小さい火なら平気なんだけど、あそこまで大きいのは久しぶりに見たから」
「何か冷たい飲み物でも買ってこようか」
テオがそう言って店に並びに行くと、エレノアは物陰に座って祭りを楽しむ人々を眺めていた。
せっかくのお祭りなのにテオに気を遣わせちゃったわ
そんな事を思っていると、どこぞの店主が子供の首根っこを掴んで怒鳴っている。まだ幼い平民の少年のようだった。打たれそうになるのをみて無意識にエレノアは二人に駆け寄っていた。
「待って、どうしたの?」
「こいつが薬を盗んだんだよ」
薬?風邪薬…腹痛…
陳列しているのを見ると、薬剤を取り扱っている店のようだった。子供は抵抗する事もなくされるがままになっている。
「どのくらいお金が必要なの?私が…」
立て替えてあげると言おうとして気付いた。エレノアは自分のお金を持っていない。アレンに少しもらったのは全てテオが持っている。
焦りながら1コインくらい転がってないかと自身の鞄を漁る。
「あ、この薬草と交換ならどうかしら?かなり珍しい物だからそれなりの値段になるでしょ」
確か師匠の庭で育てていた薬草だが、育てにくくあまり出回らない為市場だとバカ高いと聞いていた。薬を取り扱っている店の者なら価値がわかるはずだ。店主は怪訝そうに検分していたが、本物だとわかると快く了承してくれた。
少年を引き取ると、エレノアは声をかけた。
「どうしてそれが必要だったの?」
気まずいのか何度かこちらの様子を伺った後に、か細く口を開いた。
「仲間が…病気で」
家族では仲間、と言ったのを見て友達だろうかと思った。平民は決して裕福ではなく、医者に見せる事もあまり出来ない。薬ひとつでも高級品である。
「じゃあ、届けてあげましょう。それはもうあなたの物だから。送って行ってあげるわ」
そう言って少年に手を引かれていくと、路地裏の暗い道を進んでいく。
あれ?住宅街から遠ざかっていくけど
道を抜けると子供たちが何人もいる小さな小屋に着いた。身なりからして孤児たちの集まりの様だ。
しかも獣人…?
獣人の子供たちが寝ている女の子の周りを取り囲んでいる。そして少年についてきたエレノアを見てぎょっとするが、同じ獣人なのでそこまで警戒されずに済んだ。
「薬を持ってきたよ!このお姉さんが買ってくれたんだ」
それを聞いて今度こそ警戒を解いたのか、エレノアが女の子の近くに寄る事を許してくれた。少し熱っぽいのか苦しそうに息を吐いている。
「何の病気?」
「昨日までは元気だったんだけど、夕飯を食べた後に吐いてからずっとぐったりしてる」
「じゃあ食べ物かしら?でも同じものを食べた貴方達は何ともないのよね?」
エレノアは不思議に思って女の子に近づいて口元嗅ぐと、何か花のような香りがした。
「夕飯に花、何か果実とか食べた?」
「そんなもの食べれないよ!あ、そういえばこいつ花びらをかけて食ってなかったか?見た目が綺麗だって」
子供達の言葉を聞いてなんとなく理解した。花の中にも毒を含んでいるものがあるので、無暗に口にいれると中毒症状が出るのだ。
「昨日からそこまで症状が進行してないなら、大丈夫だと思うわ。吐いたらしいし、摂取したとしても多分微量だったんじゃないかしら」
「ほんと?良かった。今日はご先祖様の日だからきっと守って下さったのね」
「ご先祖様の日?」
今日は精霊祭だよね?
エレノアが首を傾げると、獣人の子供も不思議そうに首を傾げた。
「精霊様は獣人のご先祖様なんだよ?」
「え?」
そういえば前も、別の獣人の子供が偉大な方がご先祖様だって言ってたっけ
獣人の間では普通に語り継がれている事なのだろうか?それでもなぜ精霊が先祖になったのだろう?神話の世界では神と人間の子供の話なんかがあったりするけれど…。
そんな事を思っていると突然扉が勢いよく開いた。
「きゃ!?」
子供達はものすごい速さで身を隠す。エレノアが振り返るとそこにはテオがいた。
「テオ?どうしてここに?」
「どうしてもこうしてもないよ。いきなりいなくなったら探すでしょ。ノアは勢いで行動するのやめて」
「…ごめん。お迎えが来たから帰るね」
隠れて見ている子供たちにお別れを言うと、平民の少年が怖がりながらもエレノアにお礼を言ってくれた。少年は女の子の側で手を握っている。人間と獣人の子供達が仲良くしているのを見て、何だか嬉しかった。
帰り道、無言でエレノアの手を引くテオの後姿を見ながら話しかける。
「テオ、怒ってる?」
「これで怒らないのは案山子くらいだろうね」
「ごめんって」
煌びやかな街の中央に戻ってくると祭りも終盤で、川の中に何か光るものが沢山浮いているのが見えた。
「あれは何?花が光っているように見えるわ」
「精霊に願いを込めて流すんだってさ。本当の精霊は願いと共に重い代償を要求してくるのにね」
「……私達もする?」
「いや、俺の願いはもう精霊に叶えてもらったから」
そうだね、と相槌を打つ前にテオの手がエレノアの頬に触れた。
「精霊にはもう何も願わないけれど、ノアにお願いがある」
「何?」
しばらく時が止まったように、長い様で短い沈黙が訪れる。そしてテオがゆっくりと息を吸い込んで言葉を発した。
「いつか、俺がとても…とてもノアを傷つけるような酷い事をしても許してくれる?」
「酷い事って、テオが?あまり想像できないけれど」
けれど決して冗談を言っているような雰囲気ではないので、少し緊張してしまう。テオはいつもエレノアを大事にしてくれていたので、なぜそんな事を言うのかわからない。
「テオは意味もなくそんな事しないから、もし本当にそんな事になってもそれはテオが必要だと思った事なんでしょう?私ね、テオのした事に本気で怒った事なんてないのよ?」
笑ってそう言うと、テオは声もなく泣いていた。エレノアは驚いて何か言おうとしたが、無言で彼の頭をそっと撫でた。
それはきっと、テオがずっと抱えていた何かを少しだけ見せてくれたのだとわかったから。
自分の大事な人の心が少しでも軽くなることを、流れる花を見つめながら無意識に願っていた。




