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ミハエルの秘密

エレノアは自分の姿をしているものを凝視する。黒子の位置などもそのままで、紛れもない自分の身体だった。


私の身体の中に誰かいるって事よね?だとしたら何がしたいんだろう?


不思議そうに見ていると、偽物のエレノアについてきた召使いが茶を淹れる準備を始めた。自分も王子の侍女なのを思い出して、慌てて手伝いに加わる。


あれ?この子ジルよね?


たしか朝の水くみの時に話していた覚えがある。あの時はエレノアの事を笑いものにしてた気がするが、まだ仕えていたのか。


「茶葉はどこにあるの?」

「別室に保存してるわ」


王子の部屋なので自分がジルを誘導する。

別室に入ると、彼女が気安く話しかけてきた。


「王族に見初められた召使いってアンタだったのね」

「見初められた…?」


何のことか分からず困惑していると、ジルはさらに続ける。


「いいわよね、王族の侍女なんて大出世じゃない。私なんて平民のお姫様よ。亡くなられたもう一人の婚約者の真似事をしてるのか話しやすくはなったけど、今更よね。あの方みたいに貴族なら未だしも」


ああ、相変わらず嫌われ者のエレノアのままなんだなと思った。態度もそうだが、身分というものは下に仕える者にとって重要なのだと再認識する。


まあ、人の評判なんて一度広がってしまうと消えないわよね


「えっと、エレノア…様は普段何してるの?そんなに忙しくしてるの?」

「いいえ?部屋に閉じこもっている事が多いわね、最近は特に。王子に会いに行くか、くらいじゃない?」


私の身体で特に何かしてるわけじゃないのかしら?


「他に訪問者は?男性とか…」


以前礼服の男性が彼女と話していたのを見たことある。エレノア自身の知り合いではないので、身体の中にいる人物の知り合いという事になる。あの人のように、関係のありそうな人物は他にもいるのだろうか。


「私の知る限り見たことはないわね。大体第三王子の婚約者に見知らぬ男性が尋ねてきたら問題よ。あの、なんていったかしら?テオ?平民の召使いですら最近は見かけないしね」


エレノアの悪評のひとつに男性を伴って城に入った非常識な婚約者というものがあったのを思い出した。兄弟だろうと男性の侍従を連れて輿入れする令嬢は物語にも存在しない。そういう意味ではテオは今では彼女に近寄らないから良かったとも言える。


「あ、茶葉が切れそう。取り寄せに時間がかかるから今から頼んでくるわ。お茶出しは一人でも大丈夫よね?」


ジルが頷いたのを見届けて、エレノアは王子の部屋から厨房に急いだ。

途中に見える庭園に見知った人物を見つける。


あれ?あの人…


こちらに気付いたらしい相手が手を振っている。いつぞやの礼服の男性だった。

会う時はいつも暇そうにしているのに、何故かあれから見つける事ができなかった。エレノアはどうしても通り過ぎる事が出来ず、そのまま引き寄せられるかのように男性の元に向かう。


「貴方はいつも神出鬼没ね」

「僕はいつも城にいるよ。君が見つけられないだけさ」

「なにそれ、この城に住んでそんなに長いの?」

「僕より詳しい人はいないんじゃない?」


は?


何言ってるのこの人という目で見ても、さも当然と言う顔で飄々と答えられる。


「じゃあ離宮の花園って知ってる?」

「離宮…?」


アレンの言っていた言葉をそのまま話すと、何か思い当たったように手を叩いた。そして、あまり好ましくなさそうに話す。


「ああ、僕が知っていた頃はそう呼ばれてなかった。最奥の監獄、外に出てはいけない者を閉じ込める場所だよ」

「監獄…?どこにあるの?」

「城で一番魔力濃度の高い場所」


なにそれ!?


城にも魔法使いはいるはずだから、研究所の事を言っているのだろうか?そもそも直系王族のアレンでも知らないことを何故この人が知っているのだろう?


「貴方、名前は何て言うの?」

「僕は…あれ?」


男性が何かに気付いたように後ろを指さしたので、エレノアも思わず振り返る。そこにいたのは書記官であるミハエルだった。彼はこちらにいる礼服の男性に気付いたのか、綺麗な礼をして横切って行った。


「…知り合い?仲良さそうだね」

「知り合いかは微妙だけど、別部署の偉い人よ。それに、今の動作でどこが仲良さそうに見えるの?」

「だって君と同じじゃない?」

「え?」




エレノアはすぐさまミハエルを追いかけた。まだ遠くにはいっていないはずだ。案の定、渡り廊下の所で目的の人物を見つけた。


「書記官!」


思わず叫ぶと、彼は驚いてこちらを振り返った。


「何事だ?もしかして抑制剤があわなかったか?」

「あ、いいえ!その節はお世話になりました」


そういえば、発情期の時にミハエルに助けてもらったのを思い出した。忙しい方らしくお礼の言付けのみでその後会う事がなかったので、とりあえず自分の口から謝意を示す。


どうしよう、思わず追いかけちゃったけど


礼服の男性からとても気になる事を聞いたのだ。同時にディザリア様の事も聞いてみたかったのもある。それはどちらもとても聞きづらく、なんと切り出していいかわからない。


「それで?何か用があったのでは?」

「えーと、ですね」

「先ほどの方に何か言われたのか?貴族とはあまり関わらない方がいい」


…?なんだろう?この違和感


「書記官はあの男性を知っているのですか?」

「ああ」


これは意外な答えだった。エルですらよく知らないと言っていたのに、まさか書記官が知っているとは思わなかった。


本人に詮索しないようにと言われたけど、書記官から話を振って来たんだからいいよね…?


「あの人はどのような方なのですか?」

「直接話したことはない。けれど、ディザリアとよく話していたのを見たことがある」


え?


「私がディザリアと昔馴染みだというのは聞いているか」


エレノアが素直に頷いたのを見ると、ミハエルは少しほっとしたようだった。


「正確には城に来てディザリアが変わってから主に関わるようになった人物だ」


発情期事件でアレンの所へ行き、その後専属の侍女になった事から親しい間柄だと判断したので話してくれたのだろう。アレンは比較的穏やかな性格をしているが、誰かれ構わず特別扱いするほど軽薄な性格でもない。


でも、待って。別人のように変わってから…?


遺体もなく消えたディザリア。

ディザリアがいなくなってから身体を乗っ取られたエレノア。

そしてどちらも別人が身体を乗っ取ってるとしたら…?


礼服の男性は偽物のエレノアとも関わりがあるようだった。

もしかしてエレノアの中にいる人物はかつてディザリアの中にいた人物と同じなのではないか。

そんな仮説が頭の中を廻る。


「こちらも聞きたい。あの人物とどんな関係なんだ?」


その問いに顔が強張るのを感じた。かつての親しい人が別人に代わり、それに関係しているかもしれない人物なのだ。それは怪しいだろう。そして、その人物と親しく話していた自分もきっと怪しまれている。ここは嘘を吐かない方が無難だと判断する。


「一度仕事仲間とトラブルになった時に、助けてもらった事があります。名前も知らないのですが、気安くてちょっと変っ……不思議な人ですよね」

「例えば?」


うう、なんか尋問みたいになってきた


「自分の事は誰も知らないから、とか獣人だから助けてくれた、とか?あと、書記官は私と同じだって言ってました。そんなわけないのに」

「同じ?」

「私と同じ獣人だっ…て」


その瞬間、空気が凍るような視線を感じ思わず顔を伏せた。怖くて書記官の顔が見れない。

エレノアはもしかして言ってはいけない事を言ってしまったのかもしれないと後悔した。

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