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あの日の事

水を操るアレンを見ながらエレノアは不思議そうに首を傾げる。


「私達って精霊の力は使えないわよね?」


精霊は確かに恩恵があるが、加護者自体は特別な能力は使えない。だからある程度使い勝手のいい眷属という手足が侍るのだが。


「うん、ここはリハルの作り出したものだから。正確にいえば一時的にリハルの力を借りている状態かな」


だからあんなに文句言ってたのね


どこを見ても水の色だが一部分だけぼんやりと何かが浮かび上がってくる。エレノアはそれが自分だと気付くのにしばらく時間がかかった。


え?


自分は暗い眼差しで手元のティーカップを見つめている。その横には見覚えのある女性の姿があった。


ディザリア様だ


映像の中にアレンはいない。エレノアとディザリアが映っているのを見ると、これはアレン視点のあの日のお茶会の記憶なのだと思った。これから毒を盛られて死ぬ場面なんて正直あまり見たくはない。けれどアレンが見せると言う事は何か意味のあるものなのだろう。


何か話しているようだが音声はない。お茶を飲んで優雅に笑うディザリアを見ていると、その横のエレノアが突然カップを落として椅子から落ちた。目線の主は驚いて手を伸ばそうとするが、同時にテーブルに突っ伏すような形で映像が乱れる。ディザリアがどんな表情をしているかはわからない。


そこでアレンの記憶が途切れたのか、映像はふっと消えた。


「何か盛られたのか?」


呆けていると、一番最初に声を発したのはあの日あの場所にいなかったテオだった。


「症状からすればそう思うだろうな。実際ディザリアの死因も同じように聞かされている。けれど僕らがただの人間だったらの場合だ」


精霊の加護者には毒や薬の類は効きにくい為、一度で昏倒させるようなものは思い浮かばない。


「倒れたのは私、アレン、そしてディザリア様の順なのね?飲み物に?アレンは大丈夫だったの?」

「証拠は王直属の騎士団に回収されたが…。僕らに毒が効かなくてもディザリアには致死性だったとは考えられなくはないが、けれど飲み物ではないと思っている。遅効性にしても君が紅茶を飲んだのは最後だったのに倒れたのは最初だ。それに倒れた僕らを見てディザリアがその後何か口につけたとは考えにくい」


つまり毒だとしても飲み物以外の何かって事?


「回りくどいな、お前はこれがただの毒殺だとは思ってないんだろ?」


テオが苛々しながら話に介入してくると、アレンは素直に頷いた。

この事件でアレンを一番疑っていたのはテオなのを思い出した。三人の中で比較的無事なのは彼だけだからだ。


「僕らが狙われた可能性は確かにあるが、不可解な点が多いと思わないか?僕らに効かないはずの毒、ディザリアの遺体の消失、そしてエレノア、君の現状だ」

「つまり、お前の仕業ではないと?」


テオが未だに突っかかるので、アレンがため息を吐きながら弁解する。


「僕が何のために二人を毒殺せねばならないんだ?」


アレンの立場上、相手を追放する事も何か理由をつけて処罰する事もできる。それこそわざわざ毒殺するような手段を選ぶとは確かに考えにくい。何より利というものが存在しない。


「最初はエレノアの人格がおかしくなったので何か関与してるのかと思ったが、どう考えてもあれは君とは思えなかった。だからその確証が欲しくて辿れる痕跡を調べようと思った」

「だから師匠にディザリア様の事を依頼したのね」


普通に考えたら身体の中身が別人だとは思えない。けれどアレンはエレノアを信じて別人だと言う確証を、第三者の関与を突き止めようとしたのだろう。


「僕の身体にも毒の痕跡は残っていなかったし、目覚めた時にはある程度事件として終わってたんだ。正直、調べるとしたらディザリアの事しか選択肢がなかったとも言える。リハルは比較的早く現場を見たらしいが、すでに彼女の遺体はなかったらしい」

「そういえばリハルはアレンの危機を感知できなかったの?」

「僕の身体が本当に危機的状況だったらわかっただろう。だから何を盛られたのかわからないが、身体に害はない、もしくはそれを感知できない状況だったと言う事だ。十分おかしいだろ?」


精霊の化身である眷属が感知できないなんてあるわけない


“もし誰かの必然的な事象によるものなら…それは人の仕業ではない可能性があります”


いつかの師匠の言葉が頭の中を反芻する。もしかしてこれは的を射ているのではないのかと。


「精神を入れ替えるなんて人間には出来ないと、以前に言われた事があるわ。だったら相手は誰なの…?」

「僕もそれが知りたくてずっと調べてたんだ。君が…エレノアがもう一度僕の前に現れてくれたから核心に変わった部分がある。信じがたいけどね」


じっと聞いていたテオがゆっくりと口を挟む。


「人間の仕業じゃないってのはまあ、精霊の加護なんて非科学的なものがある国だからまだ理解できる。けれど目的はなんだ?」


ディザリアを殺す事、エレノアの身体を乗っ取る事、アレンにも何かしら変化は起きているのだろうか。けれど、どれも目的としてはよくわからない。そんな事をして何になると言うのだろう?


「精霊が人間の身体に入る事例なんてなかったわよね?」

「ああ、だから精霊だとは言い難いな。人外の何かの仕業、だとしか」


続けてテオはアレンを睨みながら続ける。


「それにもう一つ、なぜ王家はディザリアの死因を隠す必要があるんだ?」

「隠す?」


エレノアが不思議そうにテオに尋ねると隠してるだろうと反論が返って来た。


「死因の特定もせずに遺体を領地に返還なんておかしいだろ。仮にも王族であるアレンが巻き込まれているのに。そもそもここまでくると王家が主張する毒殺だというのも怪しいな」

「僕も同じ意見だ。けれど王の直轄地には僕も手が出せない。何故かわからないが隠しているとしたら王である父上だ。ディザリアを婚約者に推薦してきたのも父上直々だったから…。余程知られたら不味い事があるのだろうか。だから捜査を魔術師に頼んだのが…」


アレン曰く彼女の家門は辺境地で閉ざされていて、情報を遮断しているらしい。


「テオはどうしてそんなに苛々してるの?今の話を聞いたらアレンだって被害者じゃない」

「アレンとノアは違うだろ」


え?


よくわからなくて首を傾げると、アレンがふっと笑ってテオに話しかけた。


「確かに僕とエレノアは違う。僕は王家の親族で言わば身内の問題だ、それにエレノアは巻き込まれた形になる。テオは、そうやって大事な彼女が危険に巻き込まれた事が許せないんだよね。昔みたいに」


昔みたいに、の言葉で何かを思い出したらしいテオが顔を背けた。


「守れなかったのは僕の落ち度だ。ごめん、本当にごめんなさい。そしてもう一度君に会えて本当に良かった」


アレンにとても丁寧に頭を下げられてエレノアは狼狽えた。けれど王族にそんな事をされても返って困る。慌てて何か続ける言葉を探す。


「アレンだって巻き込まれてるのに、全ての事を把握するのは物理的に不可能よ。テオだって本当はわかってるでしょう?」


テオは何も答えなかったが否定もしなかった。それを気にせずにアレンが続ける。


「僕もあの時みたいに幼くはないから、少なくても王城内では利用価値はあると思う。僕らの目的は一緒だと思うから、どうか協力させて」


エレノアは少し困ったように頷いたが、テオはやっぱり何も答えなかった。

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