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水の領域

話し合いをしたいというアレンの要望にエレノアは頷いた。

確執がなければ情報を共有したい気持ちはずっとあった。


「その前に…」


アレンの一言に首を傾げるが、その意味はしばらくしてわかる。

もうひとりの来客者にエレノアは目を丸くする。


「テオ!」


アレンと向き合っているエレノアの状況を一瞬で理解したようにテオは眉根を寄せる。


「とうとうバレたの?ノア」


エレノアに話しかけている様で、アレンに対してお前はやっと気づいたのかと言わんばかりのテオの軽口に、一瞬口角を上げたアレンが静かに返す。


「彼女が発情期でね、裸で僕に助けを求めて来たんだよ」


ちょっ言い方!?


確かに動物の姿だったから服は着てなかったけれど、明らかに誤解を招く言い方だ。案の定、テオは目を剥いて矛先がこちらに回ってきた。あわあわしながらも必死で言い募る。


「違うの!猫の姿に戻っちゃったの。だから薬を作れるアレンに助けを求める事になったというか…」

「は?どういう意味?」


明らかにこれだけでは伝わらないだろうと思ったので、獣人の転変の仕組みや薬で人間の姿になっていた事を話すとテオは苛々しながらも少し落ち着いた。


「つまり?人間に戻るために仕方なくアレンを頼ったと」

「ええ、そうなの」

「猫の姿は俺も見たことないのに?」


ん?それ関係ある?


話しの方向性がよくわからなくてしばし黙って見つめ合った後に、テオも不毛だと感じたのか話題を変えた。


「それで何でバレてるの?ノアは言ってないよね?」


うんうんと頷いていると、今度はアレンが口を開いた。


「元々疑わしい点は多々あった。けれど間近で見ても信じられなかったのが半分、本人も明かしたくなさそうだったのと…それはそうと、テオドアは王との取引を知ってたらしいね」


テオが少し反応してこちらをちらりと見てくる。


「確かに僕が二人に恩義を感じていたのは事実だし、王との取引でエレノアを王宮に迎える事ができたけれどちょっと違う。僕は王子として政略的な結婚をしなければいけないのは元々決まってた。兄ですら三人の妃がいるからね。王の希望通りディザリアとの婚約を承諾する際に、あと一人女性を迎えたいと条件をつけたんだ」


第三王子で、尚且つ精霊の加護者として子供は残せないのでそこまで妃の条件が厳しくなかったのもあるのだろう。子供を残せないので位の高い貴族は令嬢を出し惜しみする。結果的にある程度利益のある中流貴族が王族との繋がりの為に娘を差し出すのは想像に容易い。


ディザリア様ってどこの令嬢だったかしら?王から言われたのなら、それなりの方よね多分…


「あの時は、ああでも言わないと共に来てはくれなかっただろう?僕が一緒にいて欲しくて君を迎えたんだ。だから仕方なくではなく自分の意志で決めた事だと理解して欲しい。わかった?」

「あ?ええ、わかったわ…」


じっと見つめられて何だか言い訳されているようだが、嫌われているという感じではないので少しほっとする。テオは横目で舌打ちをしていた。


「私もアレンに謝らなくちゃと思って…」

「それより」


エレノアの言葉はいきなりテオにぶった切られる。


「俺はまだアレンの疑惑は晴れてないと思ってる。何故エレノアがこうなったのか、あの日の事をお前は知ってるはずだよな?けれど何度聞いても誰でも知りえる以上の詳細を話さないのは何故だ?」

「何でも口に出せばいいと言うものではないと、テオドアだってわかってるからあの偽物のエレノアに近づかなかったんだろう?僕もそうだよ。何より調べても大半はわからなくて、想像で話すのは危険すぎた。どこで誰が聞いてるかもわからないしね。そして一番はエレノアに話したかったのもある、僕たちは当事者でもあるから」


二人はやはりどこか似ている思考の持ち主なんだろうと思う。

慎重で警戒心が強く、どこか臆病で、エレノアには過保護だ。


けどこういう時、自分だけ蚊帳の外に感じるのよね。少しだけ


性別や年齢などではなく、内面の意識の差で彼らは自分を同じに括ってはくれない。いつだって自分は守られる側で、二人が言いあえるのも対等に感じているからだ。


特にテオは昔からそんなだし


じっと見つめていたので視線を感じたテオが何?と聞いてくる。


「テオはきっと私よりアレンの方が好きなのかも」

「怖い事言うのやめてくれる?」


二人で話していると、アレンがリハルに何か指示しているのが見えた。それを聞いてリハルがとても嫌そうな顔をしている。


「どうしたの?」

「庭の池を繋げてもらおうと思って」


なんで?


「これかなり疲れるんで頻繁には出来ないんですよ。貴重なので時間を無駄にしないで下さいね」


だからなんで?


そう思っていると部屋の中にテーブルくらいの大きさの水の円が現れた。アレンが手を伸ばすと、そのまま寝台からずり落ちるように水の中に入っていく。


「アレン!?」


驚いてアレンの腕を支えようと手を伸ばすと、何故かリハルから後ろを押された。思わず振り返るとリハルは笑顔で手を振っている。


え?


そのまま水の中にアレンとエレノアは頭からさぶんと落ちた。

落ちた瞬間は冷たい本物の水に感じたが、目を閉じてしばらく身を任せると何だか暖かく感じてきた。


「ノア」


後ろから声をかけられて振り向くと、テオもすぐ近くにいたので共に落ちたのだと思った。


「何で話せるの?あれ?」


自分も話せる上に息まで出来る。けれど視界は確かに水の中なのだ。


「ここは水の精霊の領域だよ。ほら」


そう言ってテオの指さした先にはアレンがいた。しかし、いつもと違うのは彼が一人で立って笑っているのだ。いつも身体が不自由で寝台から動けない姿ばかり見ていたので、何だか嬉しくて泣きそうになる。


「アレン?どうして」

「水の精霊の加護者はね、陸での自由を奪われるけれど水の中では動けるんだ。歴代の加護者の中にはずっと水の中で暮らした方もいたらしいよ。不自由さがないからね」


アレンはそうしたくないの?と言いたげな目で見つめると、それがわかったように先に答えられた。


「だってここには君達がいないじゃないか」


ひとりぼっちは嫌だよというように笑いかけられた。


「それでここに来た目的があるんだろ?」

「もちろん。ここでは邪魔が入らないからね」


テオの言葉に頷きながら、アレンは水を操る仕草をする。


「あの日、何があったのか見せたいと思う」

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