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アレンの追憶・後編

「おい、あいつエレ茶飲めないぞ」


テオがノアに面倒くさそうに忠告しているのを横目に、アレンは自分の口元を抑えていた。飲んだことのない苦みに顔を顰める。


「あ~私達は飲みなれてるけど、ちょっと癖あるよね。いつも何を飲んでるの?」

「うう…紅茶、かな」

「紅茶かあ、確か…あったよねテオ?」


テオがうわっというような顔をした。


「高級品だぞ」

「いつも売れ残って茶葉がダメになるんだし、いいじゃない」


そうして紅茶を用意してもらったが、アレンはそれでも渋い顔をした。どう?という顔で様子を伺うノアには申し訳ないが美味しくない。


「紅茶、は茶葉によって蒸らし時間が違うからそれに沿った方がいいと思う。保管方法も風味が落ちるから…」


ぽかんとしているノアの顔がこちらを見ていた。うっかりあれこれ言いすぎて気分を害してしまったかと俯くとぽんと頭を撫でられた。


「すごい詳しいのね、もっと教えて?私達購入の伝手はあるんだけど、商品についてわからない物も少なくないのよね」

「商売敵には教えられないってのはまあ普通だからな」


まさか頼られるとは思わず、嬉しくて少しむず痒くなる。その後、召使いの見よう見まねで淹れてみたが二人は感心したようにこちらを見ていた。余談だが、ノアは何回練習しても渋い紅茶しか淹れられなかったが何故か本人は美味しいと飲んでいた。



しばらく経ってもアレンの迎えは来なかった。

別邸の護衛達が全滅したのなら、本城に連絡が行くまでの時間や捜索隊が結成されるまでまだかかるだろうと思っていたが思いのほか静かだ。


それかもう、探してもないのかな


精霊の加護者は貴重だが必ず王家の者が選ばれると決まっているので、有り体に言えば自分でなくても構わないのだ。自分が死ねばそれこそ別の誰かが代わりに選ばれるだけ。

そう思うのは命を狙われたからかもしれない。けれど無意識に自分を狙った人物を想像しないようにしている。それが信頼している人間だったら立ち直れないとわかってるから。


とぼとぼと歩いているとテオが平地に座って手作業をしているのが見えた。


「側に行ってもいい?」

「嫌なんだが」


テオの態度にはもう慣れた。自分があまり好かれていないから嫌みから入るが、本気で拒んでるわけではないと言う事も。横でちょこんと座っても案の定なにも言ってこない。


「……仲の良かった人がいきなり自分を嫌いになるのってどうしてだと思う?」

「知るか。お前が何かしたんだろ」


身も蓋もない


黙っているとテオが言葉を続けてきた。


「元々そう言う性根を隠していたのが表面化しただけなのか。お前の位置付けがそいつの中で変わっただけだろ。人はかつて愛した人間を殺せるし、死ぬほど憎んだ相手を許す事もある。他人の心はそう単純に理解できるものじゃない」

「うん…でも僕はその人が好きなんだ」

「…?相手が嫌っていたらお前もそいつを嫌いにならないといけないのか?自分がどう思おうが勝手なんだから好きにしろよ」


それを聞いて少し笑ってしまった。多分自分が予想していた言葉とは違うが、違うからこそやはり人と話すのは好きだと思う。自分で想像した否定的なものは自分の考えの域を出ないからずっと堂々巡りだ。


「テオはノアに好きって言わないの?」


いきなりテオが作業しているものを落として盛大にむせた。


「お前、脈絡なく何言ってんだよ」


ノアは明るくて得体のしれない自分にも優しい女の子だった。自然と側にいたくてずっと付いて回っていたら気付いた事がある。

ノアの視線の先にいつもテオがいて、彼女はテオの事が好きなんだと思った。


「血のつながった姉弟じゃないって聞いたから。結婚するの?」

「これだから実直なガキは嫌いなんだよ。あのな、そう簡単なもんじゃないんだよ」

「どう言う事?」

「愛情は理性を伴うけど恋情は本能だから。そういうもんはいらない」


その言葉の意味を自分は幼過ぎてよくわからなかったけれど、あとで考えればテオは恋情に何か恐れを抱いているように感じた。誰よりもノアを大事にしているとわかるのに。


「あと、ノアと呼ぶな」




しばらくして水の夢を見る事が増えた。

起きたら寝台が濡れていることもある。


もしかして契約する時期が近いのか


すでに神託を受けているのでこれは逃れられないものだ。そうなると、自分は近々動けなくなることを意味する。出来ればもっと一緒にいたい気持ちはある。けれど水の加護者になれば正体を隠し続ける事は難しくなる。そしていつかは王家にも噂は届くだろう。


そうなると僕を匿っていた二人はどうなる?


あまりしたくない想像に駆られて、アレンは頭を抱えた。


二人に、迷惑はかけられない…


最後にこの目に焼き付けようと周辺を歩いていたら、ノアが洗濯をしていた。こちらに気付くと笑って手を振ってくれる。


「どうしたの?お腹空いた?」

「あのね、そろそろ帰ろうかと思う。実は来た道はわかるんだ、戻れば誰かに会えると思う」


突然の事に少し驚いた様子のノアだったが、そっかと微笑んでくれた。彼女が笑うと温かい気持ちになる。淡い恋心ともう会えない切なさが相まって、それが涙として頬を伝う。


「本当は帰りたくないんだ、ずっとここにいたい」

「泣かないで。アレンにも家族がいるのにずっと戻らないわけにはいかないでしょ?」


ノアが抱きしめてくれて、彼女の香りに包まれながら泣きじゃくった。


「幸せな事も辛いことも必ず終わりがあるように、人との出会いや別れもね、変わらないものってないんだって。アレンが大きくなってもきっと私達はここにいるから、会いたいと思ってくれたらまた会えるよ」


もしかしたら自分には次はないかもしれない。そんな言葉を飲み込んでノアに笑った。


「うん、僕が行くから、会いに行くから」


君の側に、きっといつか。




王城に帰ると騒がしい日常が戻って来た。

行方不明だった時期の管理責任の処罰はあっても、結局犯人は分からず終いだった。

そして精霊との契約、リハルとの出会い、東の魔術師を師匠として迎えるなど様々な事があった。


唯一意外だったのは契約をしても身体は長い時間をかけて徐々に不自由になっていくらしく、まだ数年余裕があると言う事だった。


まだ出来る事がある


忙しい毎日の中で、テオやノアとの事はいつも忘れなかった。たまに思い出しては糧になるような心の拠り所だった。だからあんな報告が入って来るとは夢にも思わなかった。


「火事…?どこが」

「ルンベルクの村です。消火はされましたが村人の大半が亡くなり…」


その頃にはすでに両腕が動かなくなっていた。いますぐに赴きたい衝動に駆られたが王子としては許されない。せいぜい後始末後の視察程度くらいだろう。


「ただ精霊の光のようなものが確認されたそうです、その為、第三王子に協力要請がきています」


精霊の加護者になると、契約の際に大きな光の柱が立つらしい。自分は契約者本人なのでわからないが誰でも目視できるくらいの規模らしい。

そして代償による被害が増えてくる前に、それが効かない自分に声がかかるのは当然だった。


すぐに了承して村に直行したが、そこで広がっていた光景は思い出の残骸すらなかった。自然豊かな森は焼かれ家々は崩れ落ちている。思った以上に生存者がいなかった。


ノアたちは…?


その村にノアたちはいなかった。けれど死亡者リストにも彼女たちの名前はない。

そこから何か月も探して、ようやく見つけたのは国境近くの山小屋だった。そこで成長して大人になった二人と再会したが、それはとても思い描いていたものでなかった。何より、なぜ彼女が精霊と契約してしまったのか衝撃で平常心を失いそうだった。


明るい笑顔も喜びの抱擁もなく、他人のように見てくる二人にこちらもそのように振舞う。


「精霊の加護者は国が保護するべきものです。私が連れ帰らなくても国からは逃れられないでしょう。どうか一緒においで下さい」


ずっと会いたかった。今度は僕に貴方を守らせてくださいと想いを込めて、彼女に手を伸ばした。

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