アレンの追憶・前編
アレンは幼い頃自分がとても恵まれていると思っていた。
何不自由ない王子としての身分、優しい兄たちと平和な日常。
第三王子は文武両道に秀でて周囲に期待されていたが、本人はどちらかというと座学よりも身体を動かす方が好きだった。この日も城を抜け出して庭を駆けまわっていた。
「兄上!」
「エスティ?今は歴史の時間では?統治者には知識は大事だよ」
第一王子であるジェイデンは学問に秀でている穏やかな王子だった。戦争をしないこの国では武力よりも外交的な資質の方が高く評価されていた。
「王になるのは兄上じゃないか」
「それはまだわからないよ?全ては精霊の御心のままに」
「……兄上は今日も叔父様の元に?」
離れの宮殿には王である父の兄が住んでいる。
元々精霊信仰の聖職者で精霊の加護というものに選ばれた人物だ。王家に伝わる水の精霊で王族の中から加護者を選ぶと言われている。アレンは特に興味もなく、自ら会いに行った事はない。
「兄上は聖職者になりたいの?」
「そういうわけではないが、精霊の話を聞くのはとても有意義だよ」
精霊の加護を受けると身体が不自由になるんだっけ
兄を見送りながら、自分は精霊に選ばれたくはないなと思う。けれど自分でなければ兄のどちらかが選ばれるのだろうか?そう考えると誰が選ばれても素直に喜べない。
どうしてそんなものがあるんだろう
国の為とは聞こえはいいが人の一生をかけたものにそこまで価値を見出せないのが本音だ。せめてやりたい人間にさせればいいのに。精霊信仰の信徒なら喜んでなるだろうに、なぜ王族なのだろう?
そうして数年が過ぎてアレンは十歳になった時神託が下った。
王族は定期的に教会に訪れているのだがある日突然の事だった。神託を伝えてくれた聖職者がアレンの名をあげたのだ。その時の兄は今まで一度も見たことない表情でこちらを見ていた。
僕が…水の精霊の?
「なぜ僕なのでしょう?」
「精霊の御意思を代弁する事は出来ません。けれど加護者は必ず精霊と会う事になるでしょう」
その時に聞けって…?
精霊との契約時期は成人する前後になる場合が多いと聞いた。残された時間は少ないが、兄たちでなくてよかったと思うべきだろうか。悲観しても何も変わらないのなら向き合うしかない。
けれどその日からアレンの日常は徐々に変わっていった。
今まで気安く話していた騎士や城の住人が恭しく接するようになった。王権争いから外れた王子であるのにまるで王であるかのようだ。それと同時に護衛の数も倍以上に増えた。
昨日は酷かったな…
何故か暗殺者から命を狙われるようになったのだ。隣国の間者ではなく、この国の者から。精霊の加護者は国にとって有益で損害を被るのは加護者本人でしかない。なのに何故狙われるのかはわからない。
そして一番変わったのは兄との関係だった。第二王子とはほとんど顔を合わせる事はなかったが、第一王子とはそれなりに良好の関係を築いていたはずだ。
けれどあれから何度話しかけても以前のように接してくれることはなかった。
「兄上」
「ごめん、忙しいんだ」
神託ひとつで自分の何かが足元から崩れていくように感じた。
城にいる事が億劫に感じて逃げるように自治領である別邸にしばらく滞在する事になった。最小限の召使や護衛を連れて出来るだけ自分を知らない人たちがいる場所を求めた。
それがいけなかったのだろう。遠く離れた場所にも暗殺者が現れ、城のように十分ではない守りの為にアレンは瀕死に陥った。護衛達が必死に逃がしてくれて森の中を彷徨った。
そして小さな村で二人の姉弟に出会った。
傷だらけの手足の痛みで目が覚めると、視界には見慣れない天井。
「いたっ」
「目が覚めたか。ノア!」
「何よ~。あっ起きたのね、良かった。ここはねルンベルクの村よ、私はノアでこっちが弟のテオ」
自分よりも年上の、けれどまだ子供の範囲に入るだろう少年と少女がいた。
「お前、村の近くの森で倒れてたんだよ。ノアには動物は拾ってくるなと言っていたんだが、まさか人間を拾ってくるとは」
「ちょっと言い方気をつけなさいよ、多分この子貴族よ」
大分薄汚れていたが服装などで判断されたのだろう。けれど自分が王子とはまだバレていないはずだ。
「起きたなら帰れ」
「え、あの…」
「テオ?」
起き様に追い出そうとしてきたのはテオと呼ばれた少年だった。彼はずっとアレンを睨んでいる。
「どうしたの?流石にこんな幼い子を放りだせないでしょ。迎えが来るまでは一人で森に入るのは危ないわよ」
「ノアはほんと…。さっきこいつに出す料理作ってなかった?焦げ臭いけど」
ノアと呼ばれた少女はあっと叫んで台所の方に走って行った。ここは平民の家らしいけど両親は留守なのだろうか?そんな事を思っていると、テオと目があった。
「厄介事を持ち込まれるのは面倒なんだよ。それでノアが巻き込まれたら俺はお前の首を差し出すからな」
ああそうか
少年はアレンの傷を見てただ転んだだけとは思わず、誰かに狙われているとわかったのだろう。先ほどの尖った物言いはノアという姉を守りたいゆえの発言なのだと感じた。
それから奇妙な共同生活が始まった。
まずこの家には大人がいないと言う事。幼い時に両親がいなくなってから、子供二人で生活しているらしい。
「子供だけで暮らしてるの?生活費は…」
「稼いでるに決まっているだろ」
「テオはどうしてそんな態度なの?子供嫌いじゃないでしょ」
二人とも子供だろうに
そして気安いノアの代わりにテオが何倍も気を配って警戒していると言う事。子供だけで暮らす、と言ってもそう簡単な事ではなかっただろう。大人と同じようには働けないし舐められるとすぐに騙され、最悪売られる可能性だってある。近所には母親は病弱で引きこもっていると言っているらしい。
「誰か大人を頼ろうとはしなかったの?」
「誰を?誰が貧困の子供を何の利益もなく助けてくれるって?お前は恵まれてたんだな、困ったら助けてくれる大人がいくらでもいたんだろ?他人ってのは誰でも助けてくれるわけじゃないんだよ」
ノアはやめなさいよとテオの顔を左右に引っ張る。いてててと抵抗しながらもテオはどこか気を許しているように見える。
いいなあ
昔自分も持っていたはずの懐かしさを感じながら、もう少しこの姉弟を知りたいと思うようになった。




