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王子の質問

ゆったりと寝台にもたれながらアレンは猫に話しかける。

エレノアは訳がわからず動揺しながらアレンの顔を見つめた。


有償って事…?いや、確かに何の取引もなく王族が動いてくれるって方がおかしいんだけど


ただ、アレンの望む物を自分が持っているだろうか?獣人の召使なんて大金を持っているわけでもないので薬代を払えと言われたらとても困る。


何が欲しいの?


前足で、てしてしと抗議するとアレンが不思議そうに首を傾げた。


「うん…?」

「貴方が何を求めてるのか知りたいのでは?」


リハルが通訳するように口を挟んだので、それに同意するようにしっぽをぺちぺちする。


「ああ、大したことではない。聞きたい事があるだけだ」


聞きたい事?


「君、前に会った事あるね?東の魔術師と一緒に」


あっ


そういえば猫になった当初、師匠に拾われてそのままアレンに会っていたのを思い出した。あの頃より少し成長しているが覚えていたらしい。


「あの時の猫とまた城で会うなんて気になって仕方ないだろう?ここでは動物を目にするのも珍しい事だから。そうだな、いくつか質問させてほしい。了承してくれたら薬を作ろう」


でも別にそんな事取引にしなくてもいいのでは?


王族なのだから何か言われたらこちらに断る権利はない。エレノアは不思議そうに首を傾げると、それを理解したようにアレンが続ける。


「命令では真実を聞き出すのは難しいだろ?嘘はつかない事、それが条件だ」


……アレンらしいわ


弱者だろうと身分に関係なく見下すような事はしない。人を踏みつけた後に残る物が決して良い結果を生まない事を知っている。そんな彼の性格がエレノアは好ましいと思っていた。


師匠やテオ相手のように軽口叩くのは気を許している証拠なのよね


そういう意味では獣人の召使であるエレノアには最大限線引きをして譲歩しているのだろう。わかったという意味で一言鳴くとアレンは頷いた。


「リハル、足りない材料を誰かに頼んできてくれ」

「ええ~?」

「何か言ったか?」


そのままリハルは魚の姿になってどこかに消えた。私のせいでごめんなさいと胸中で謝っておく。今度こそ二人きりの状況に沈黙が落ちる。人語が話せなくて本当に良かったと思う。


「近くに」


え?


声のした方を振り向くとアレンと目があった。もしかして自分に言ったのだろうか?


「僕は動けないから」


そう言われたらこちらが動くしかない。おそるおそるアレンのいる寝台に近づくとそのまま片手で持ち上げられた。近くで見るアレンの顔色は色白であまりよいとは思えない。


「やっぱり似てる。瞳の色が」


ああ……


“目の色は魂の色を表しているらしいですよ”


以前そう言われたのを思い出した。今も目の色だけはエレノアのままの唯一の部分だ。


私はまだアレンの世界にいる?


何故かそんな事を思ってしまった。人が本当に死ぬのは忘れられた時だと聞いた事があるからかもしれない。忘れられてもいいと思っていても覚えていてくれるのはどこか嬉しい。人の心は複雑だ。


その後リハルが戻って来てその場で薬を作り始めた。

師匠は制作過程でも無駄に魔力を使っていたがこちらは人力だ。いやリハルに指示してるから正確には他力本願だけれど内容は的確だった。


ふんふん、その工程をここですると時短になるのね


なんというか、アレンの作業はとても効率的だと思った。無駄な事をしない様は性格によるものだろうか。そのまますぐに見覚えのある薬が完成した。相変わらず酷い色合いをしている。

そして何故か、さあ飲めと言わんばかりに器に盛られる。


え?ここで飲むの?


「効果が見たいから。不具合があれば調整が必要だろう?」


エレノアからしたらこの薬は金貨七枚だ。無駄にするわけにはいかない。白い布を被ってそのまま薬を舐めると東の魔術師が作った物よりだいぶ味がいい。


アレン凄い。才能あるんじゃ…


そのまま視界がぶれたと思ったら身体を支える為に前足に力を入れる。けれどそれは前足ではなく、見覚えのある人間の手だった。思わず自身の両手を見つめる。


「あ…」

「違和感はないか」


そのまま手招きしそうなアレンより先にリハルが口を開く。


「じゃあ、一度着替えましょう。このままだと王子を襲いに来た召使になっちゃいますよ」


ひっ


アレンは何か言いたげにリハルを睨みながらもそのまま了承してくれた。物陰で着替えながら、このまま逃げだしたらダメだろうかと考える。


はあ、無駄よね


しばらくして諦めてアレンたちの前に行くと椅子が用意されていた。座れと言う事だろう。大人しくしたがうと今度は水と薬らしきものを手渡される。


「先ほどミハエルが置いて行った獣人の薬だ。たぶん飲み合わせは特に問題ないだろう」


発情期の薬か。あとでお礼いわなきゃ


水と一緒に飲み込むと同時にアレンが質問してきた。


「それで、東の魔術師とはどういう関係なんだ?妾か?」


思わず水を噴き出しそうになって口を押える。まさか知りたい事ってそんな事なの!?


「ごほごほっ違っ…!あの人は動物の言葉がわかるみたいで、城に迷い込んだところを助けてくれたんです」

「助けた?実験対象ではなく?もっと貪欲な興味を持っているように見えたが」


あってるけど


結果的に助けてもらったので、とりあえず惚けておく。


「あの魔術師の性格は把握しているからな。無駄に人助けをするような性格じゃない」


なるほど。アレンは何か疑っているのね


人型にもなれない獣人が東の魔術師の推薦をもらってまで城に入って来たのだ。怪しむなという方がおかしいかもしれない。けれど彼を信頼しているのだろう、こちらを敵視している様子はない。


もし、私の事を聞かれたらどうしよう


嘘はつかない、と約束したがテオに言わせれば守る必要はないと言われるだろう。それは返答によって今後の関係性、もしかしたらアレンの未来も巻き込んでしまうから。


「ミハエルとは?関わりができる部署とは思えないのだが」

「ああ、書記官とは…」


その後も何個か聞かれたが、意外にもエレノアに関する事とは無関係だった。まだ紅茶について聞かれた時の方が冷や汗が出たくらいだ。


「では最後の質問」


ぴくりと耳を伸ばして緊張する。何を言われるのかわからなくて、思わず手を握りしめてしまう。


「今、笑えているか?」


え?


どういう意味がわからずに見つめ返すと、今度は幸せかと聞いてきた。自分の今の生活について聞いているのだろうか?


「獣人なので何もかもうまく言っているわけじゃないですけど、多分楽しい…のだと思います」

「そう」


アレンはそれ以上何も言わなかったが、目元が優しく見えた。まるで良かったと安心するかのように。


質問は以上と言われエレノアは心底ほっとして、足早に立ち上がり部屋を出て行こうとした。けれどこの油断がよくなかった。アレンの最後の罠に掛かってしまったのだから。

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