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自省

エレノアは虚無顔で仕事をしてた。


「ねえ、第三王宮の方が侍女募集にいた召使いを探してるんだって」

「え?でも合格者は引き抜かれて行ったわよね?」

「だから不合格者の中からよ。なんでもものすごく不味い茶を淹れて、貴族の怒りを買ったって噂よ」


他の同僚たちの言葉が耳を駆け抜けていく。けれどそれは私ですなんて絶対言わない。


何で探してるのかはわからないけどきっと碌な事じゃないわ


不味い茶を淹れてしかも吐き出させたというのは事実だ。貴族相手なら処罰を受ける理由としては十分だが…。話を聞く限り、不可解なのはそれを実行しているのが第三王子の婚約者ではなく、第三王子の侍従であるリハルだと言う事。


今回は何だか嫌な予感がするのよね。リハルが動いているならアレンが指示した可能性が高いし


けれど水の眷属であるリハルは第三王宮から、主であるアレンの側から離れる事は出来ない。第三王宮にさえ近づかなければ会う事はないだろう。

そして不味い紅茶を淹れたのがエレノアだと知っているのも、練習台として協力してもらったアリスやエル、そしてテオだけだ。


あの人たちが私を売る事はないだろうし…


つまり惚けていたらバレる可能性は低いと言う事だ。発覚した時の事を考えると少し恐ろしいが、大きな罰則を下されるとは思えないので現状維持に努めている。


なぜ探しているのかしら?テオなら何か知ってる?




けれどテオに聞く前に怖い噂がまわり、エレノアは青ざめながら固まっていた。今度は仕事も手に付かない。


「侍女の第二募集があるって本当?」

「不合格者の中から採用するからまた集められるらしいわ」


ひええ


仕事終わりにテオに会いに行くと凡その内容は既に知っていた。

どうやって情報を得ているのか謎だが、いつもの事なのでそこは突っ込まない。


「ノアの淹れた茶を飲めばそうなるだろうね。あの独特の不味…いや、風味はノアくらいしか出せないから」

「……」

「大体、なんでわざわざ他人の試験にいるんだが。ちっ」


今舌打ちした?


「それってあの紅茶を淹れたのは私だと疑ってるって事よね?けれど、私の姿をしたエレノアはいるじゃない?」

「アイツが馬鹿じゃなければ、俺と同様にあれがエレノアじゃないって気づいているのかもね。情報を共有してないからわからないけど」

「じゃあどうして放置してるの?王子の立場ならどうとでもなるわよね?」

「どうかな?王子と言っても国の最高権力者でもない限り、下手に動けない場合もある。それに…」


そこまで言ってテオは言葉を濁した。


「それに?」

「確証がないから今は言えない。とりあえず、二次募集には別の人間を手配するよ」

「やっぱり会うのも避けた方がいいの?アレンはまだ信用できないから?」

「うーん、そうだな…。信用は出来ないけどノアの事に限っては信頼してもいい」


どういう意味?


よくわからなくてエレノアが首をかしげると、テオがふっと笑った。


「しばらく見てたけどずっと変わりないって事。遠回しに慎重に動くのもアイツらしい。けれどノアは会う必要ないよ」


最後の本音だけはわかった。

テオとアレンは仲が良いのか悪いのかやっぱりよくわからない。



あれはもう何年前になるのか。

アレンと最初に会った時、私達は彼が王子だと知らなかった。


エレノアは平民にしてはかなり裕福な商家の生まれだった。商才のある父親と穏やかで幼い母親と共に暮らしていたが、父親が亡くなり仕事が傾いた。母親は仕事に関して理解も関心もなかったからだ。

苦肉の策に母がとった行動は経営を継ぐ男子を養子にする事。


ある程度経営の知識があり、教育を受けていた幼いテオが家族になった。

そして今度は母がいなくなった。あの人は愛がなくては生きていけない人だったから、テオにエレノアを任せて出て行った。

子供二人で生きていくのはさらに大変だった。

大人を疑い、時には大人を雇い、騙される事もあった。

けれど必死に生きてこれたのはやはりテオがいたから。


その後出会ったアレンとしばらく暮らすのだが、あの当時私達は確かに家族だった。

幸せだった、永遠というものがあるのなら確実に願っただろう。


ふっと回想に微睡んでいた頭を振って、エレノアは仕事に戻る。


今頃、二次募集の試験が始まってる頃かしら


テオが別の召使を派遣したらしいが大丈夫なのだろうか?侍女は昇格なので誰かの代わりでも受けたがる人はいるかもしれない。アレンは非人道な事はしないから別人だとバレてもきっと大丈夫だと思うが。


“俺と同様にあれがエレノアじゃないって気づいているのかもね”


アレンは私と会いたいなんて思うだろうか


アレンとの婚約は私が精霊の加護者になったからだ。どう足掻いても国に捕捉される運命ならば味方である自分の側にと、同情に近い形で王宮に迎えてくれた。


精霊の加護で人と関わる事の出来なくなった自分は、笑いかける事も出来なくなった。

誰かに関心を持つことがとても怖くて少しずつ壊れていってたのかもしれない。

いつまで疎まれながらこんな所にいなければいけないのか

何のためにここにいなければいけないのか

どうして……だけ……


私はずっとアレンと向き合うのが怖かったのかもしれない


同じ精霊の加護者としてきっと助けてくれようとしていたのに

彼のように誰かの事を考えてあげる余裕がなくてとても未熟な自分が恥ずかしかった

恨まれているかもしれない

いなくなって安心しているかもしれない

彼と会わない事を正当化してずっと逃げ続けている


私を探しているだろうか


アレンがどう思っているのか、ちゃんと本音を聞いた事があっただろうか?

彼も能弁ではないので、こちらの言葉を無理に引き出してくることはなかった。

けれどいつもわかりにくい行動で示してくれていなかっただろうか。


アレンのどんな言葉でも受け止めるべきなのではないだろうか?今の私ならもっと寄り添えた言葉を言えるんじゃないだろうか?彼がそれを望むなら。


その時、ふっと窓から水しぶきがかかった。

冷たいと口に出す前に、その水は魚の形をして話し出す。


「貴方にお話があります。第三王宮まで来てください」


声はリハルのもので、わかりやすい強制的な招待状だった。

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