脱出
エレノアはギギッと何かが擦れる音で目を覚ますと、薄暗く冷たい地面に寝かされていた。手足は縛られているようで灯りが無く視界が不明瞭だ。微かな息遣いや小さな泣き声も聞こえるので、他の召使たちも一緒なのだろう。
ここは…?
すぐに階段を下りてくる音が聞こえてきて、そちらに目をやると眩しい光に目が眩んだ。
「あら、起きてたの。待ち合わせ場所間違えてたわよ」
歓迎会に誘ってくれた新人の女の子だった。
やっぱり嘘だったかあ。でもこれ犯罪じゃない?
あまりに普段通り話すので、こんな場所でなかったら自分が騙された事に気付かなかったかもしれない。けれどこれだけの人数だと一介の召使の計画じゃないはずだ、きっと手引する者がいる。けれど今は、新人の子以外に怪しい人物はいない。
周囲が少し見える程の明るさになり見渡すと、ここは食糧庫のようだった。
そういえば城の何か所かに地下に続く貯蔵庫があったはずと思い出した。そのどれかだとするなら、まだ城内のはずなので逃げるチャンスはある。
「べス、どうして?私達友達でしょう?」
どうやら新人の子はベスと言うらしい。顔見知りらしい少女が悲鳴のような声を上げる。
「ええ、友達よ。だから私を助けてくれるでしょう?」
そう言って取り出したのは白い液体が入った小さな小瓶だった。じっと見つめながらエルに言われた言葉を思い出す。
“怪しいと思ったら集中する”
再度思い出すほどでもなかったと心の中で突っ込みながら、嗅覚に集中する。すると、小瓶を開けた瞬間ふわりと香草の匂いがした。
これは…
「私達をどうするつもり?」
「私知ってるわ!麻薬漬けにして売るつもりでしょ?」
「それ、麻薬じゃないわ」
泣き叫ぶ少女達がエレノアが発した一言でぴたりと静かになる。そしてべスが笑いながら言葉を続ける。
「ええ、これはただの睡眠薬よ。違法薬物を売ったら私達の商団はすぐに潰れてしまうもの、そんな事しないわ」
「でもそれ粗悪品じゃないの。正規の薬草の他に何を混ぜているの?」
「流石獣人ね。獣はそう言う事までわかるの?そう、私達は商売で利益をあげながら品質の高いものを作りたいの。その為には治験が必要なのよね」
嫌な予感がしながら無言でべスの言葉を待った。
「そこで貴方達に協力してもらいたいの」
「ちょっと待って、そんなもの摂取したら最悪死ぬわよ」
死ぬという言葉に少女達が怯えるが、さも当然と言うようにべスは続ける。
「だから貴方達のように身分の低い召使を選んでいるんじゃない。王宮はね、辞める人間がとても多くていちいち逃げだした人間を探したり家族に連絡はしないの。それこそ貴族の侍女くらいじゃないとね」
それで家族が探しに来た時は証拠と共におさらばってわけ?とても都合がいい事
「もちろん、無事に終われば謝礼と共に解放するわ」
それも怪しい言い分だった。そんな詐欺まがいのやり方を続けて未だ捕まっていないのはなぜなのか。
「迎えは朝しか来ないから、それまで私とお話しましょうよ」
嫌なんだけど!
女の子達がじりじりと離れていく中でべスが大股で近づいて、一人の召使の顎を掴んで小瓶の中身を嗅がせた。そのまま昏倒する召使を見て他の少女たちが青ざめる。
「大分改良したけれどやっぱりまだダメみたいね。泡吹いてるわ」
エレノアが慌てて倒れた子に駆け寄って匂いを嗅ぐ。純粋な睡眠薬ならそこまで心配ではないが、かさ増しするために似たような植物を混ぜたに違いない。それも危険な。
「これで睡眠薬は笑わせるわ、殆ど毒じゃないの」
「眠る為じゃなくて眠らせる為のものだからね。けれど副作用が強くてね、だからって配分を減らしたら効き目が薄れるし、うーん」
べスが作ってるのだとしたら薬草に詳しいのだろう。ならば毒を用いる際には反作用の薬も持っているはずだ。試しに気付け薬をくれたら配分を教えてあげると言ったら目を輝かせて笑った。
「薬草に詳しいの?では配合を当てられたら考えてもいいわ」
「主成分がリーネの葉、繋ぎにリコの根、そしてルクス薬でも混ぜたの?色や匂いは変化しにくいけどあれは酩酊させるものだわ。薬同士でも混ぜ合わせたら毒になるのもあるって貴方なら知ってるわよね?」
正解を嬉しそうに聞くべスを見ながら、獣人て本当にすごいなと思った。それぞれの匂いをかぎ分けるなんて人間には無理だ。
「いいわ、ここにはないから持ってきてあげる。楽しい夜になりそうね」
べスが出て行った後、鍵のかかってない入り口を見上げる。
手足を縛られているので逃げ出しようがないと思っているのだろう。エレノアは軽く勢いをつけて身体を起こし、四つん這いで階段を登っていく。
そして真上にある重い扉を開けるのは流石に縛られていると難しい。わずかな隙間から後ろ向きに手を差し入れて開くように促す。擦れて怪我をするだろうがこのままここにいると何をされるかわからない。
痛っ…
ぐぐっと押し上げるように踏ん張ると、上から声が聞こえた。
「血が出てるよ」
「え?」
そう言って真上から扉を開けてくれたのはあの礼服の男性だった。
間近で見た顔は髪が長いからかもしれないが、一瞬女性かと思った。
アレンをもう少し大きくして女性だったらこんな感じかしら
「痛いでしょ、ちゃんと手当してね。じゃあ」
じゃあ!?
「ちょっと待って!出来れば助けてほしいんですけど…死にそうな子達がいて」
男性は少し困った顔をして笑った。
「僕は自然に起こる事は、出来るだけ手を出さない主義なんだ。それで命を落とすならそれが自然の摂理なんだと思う」
何言ってるのこの人?
「貴方も人間なら自然の一部でしょ?それに私を助けてくれたじゃない?」
「それは君が獣人だから」
どうしよう、会話してるのにどことなく意味がわからないわ
「なら、私を助けて。知ってる場所まで連れて行ってくれたら助けを呼んでくるから」
「んー…」
エルには時間と場所を置手紙してきたので、その周辺に行けば会えるだろう。けれど男性はまだ煮え切らない返事をしてきた。
「何?お礼ならちゃんとするわ、言ってくれたら…」
「いや、それはいいんだけど、そうだね。僕の条件を聞いてくれたらいいよ」
「なあに?」
「僕について詮索しない事、極力人に話さない事。きっと変な目で見られるよ」
ぴたりと動きを止めてみると、特に何の変化もない顔でこちらを見ている。これはもしかして牽制されたのだろうか?正直、この人から聞きたいことは山ほどある。テオに調べてもらっても正体がわからず、自分の身体のエレノアと知り合いのような人物だ。怪しさしかない。
けれど今は命の方が大事なので助けが必要だ。ここでべスの仲間に見つかったら終わりだから。
苦渋の決断を前に、絞り出した言葉は疑問形だった。
「どうして?」
「そうだなあ、言える身分を持ち合わせていないから?城の人間は誰も僕を知らない」
あれだけ堂々と姿を現しておいて?
初日から自分に見られているのに、この城で働く人間に見られていないのは無理があるのではないだろうか。けれど男性の顔が本当に悲しそうに見えて、孤独に座っていた彼の姿を思い出した。
…変な人
結局エレノアは了承するしかなく、この城で知らない場所はないと豪語する男性の後をついていくしかなかった。




