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夜のお誘い

「ん?なにこれ?」


朝仕事に行く前に、エルから何か帽子のような物を被せられた。厨房で仕事をしてる召使は髪の毛をまとめる為に必要だったりするが…。


「なんかデカくない?」

「耳を隠すためのものだからな。自分の身は自分で守れ」


ああ…


獣人というだけで目を付けられるのは予想できた。エルもまた、同じような目にあってきたのかなと思ったが聞かないでおく。


「エルは気を付けてる事ある?」

「何か言われても無言を貫いてる。大半は嫌がらせだから、こちらが正論で返そうが無駄なんだよ。煽ると長引くから我慢する方が一番被害が少ない。まあ、昇格してからは殆どないな。そういう暇な奴らはすぐ辞めていく」


確かに、召使いの間では獣人を嫌う者もいるが、皆自分の仕事に精一杯なのか無干渉を貫いている者が圧倒的に多い。

帽子のつばを直しながらエルが話を続ける。


「まあ獣人なんだから厄介な事になる前に警戒しろ」

「獣人なんだから…?」


よくわからなくて首をかしげると、またかという顔でため息をつかれた。ごめん、獣人歴が浅いので。


「聴覚、視覚、嗅覚は人間より優れてるだろ?それで回避できる事はいくらでもあるだろう」

「身体が軽いなって思った事はあるけど、臭いとかよくわかんないんだよね。エルはどうやって意識してるの?」

「そうだな…怪しいと思ったら集中する」

「……」

「なんか、じーっと見る?その内意識しなくても出来るようになるというか」


一瞬間があいて、エレノアが目を逸らした。


「エルは教えるのに向いてないね」


その言葉にエルはショックを受けたような顔をしていた。

最終的に幼いころからしていたから、いつできる様になったかわからないと言われた。


獣人の身体に慣れるにはまだ時間がかかりそう…




アリスに帽子がデカいと突っ込まれながらも今日も水を汲みに行く。

井戸では他の女の子達の話し声が聞こえてくる。新人もそろそろ慣れてきたようだ。


「今日、奥の間の掃除当番なの。嫌だわ~」

「日中なら平気でしょ」


奥の間?


エレノアが聞き耳を立てていると、アリスがただの噂話よと言った。


「城は歴史ある建造物だもの。怪談のひとつやふたつあるわよ」

「怖い話…!?」


エレノアが耳をぴんと立てて怖がる様子を見て、アリスは無表情ながら面白さを見つけたように目の奥を輝かせる。


「石像が動くとか声がするなんてのも定番ね。さっきの奥の間は高貴な幽霊が出るんですって。王族の肖像画が飾ってあるから。あと、祖母に聞いたのは…」


アリスの家は代々王家に仕えている家系なんだそうだ。王宮にもコネ就職らしい。まあ、私も似たようなものだけど。


「何年か、何十年かの周期に夢に女性が現れるんですって。そして私の身体を知らないかって聞かれるらしいわよ」

「ひいい、もういいから!」

「同僚たちがみんな同じ夢を見て不思議だったって言ってたかしら。その年高齢の王族が亡くなったとか?祖母も親に聞いたって言ってたから随分昔の話だし、きっと眉唾物だろうけど」


エレノアは続きを聞かないように必死に耳を抑える。怪談なんてものは知らないに越したことはない。知らなければ怖くないんだから。


アリスが永遠と話し続けそうだったので、急いで水を汲んで一人で厨房に戻った。

第一印象は大人しそうな人だったのに、なかなか愉快な性格をしているとわかってきた。


今日も洗い物に勤しんでいると、同じ新人らしい女の子が一緒に手伝ってくれる。


「昨日は王宮の掃除だったけど、こっちの方がいいわね。貴族と顔を合わせるのは疲れるもの」


王宮と聞いて、思わず聞き返してしまう。


「え?王宮?第三王子の?」

「いいえ、第二王子の宮よ。人手が足りなかったみたい」


第二王子は確か長く王宮を留守にしているらしい。放浪癖があるのか知らないが、エレノアも会った事がない。要人がいないので出入りもそこまで厳重ではないのかもしれない。


「どなたか貴族に会ったの?」

「え?ええ…珍しい方だった、わ」


第二王子は自分とは関係ないと思うが、今の状況じゃ満足に情報も集められないので貴族の話は出来るだけ知っておきたい。どこで何が繋がるかわからないからだ。主人の留守に王宮にいた貴族なんて怪しいにもほどがある。


手を止めて真剣な表情で聞き返したからか、女の子がびっくりしてこちらを見返す。慌てて都合の良い話を丁稚上げる。


「あ、ごめん。毎日同じ事の繰り返しだから、変わった話に興味があって…」

「ああ~わかるわ」


何とかわかってくれたようだ。ほっとしてエレノアは顔の表情を弛緩する。


「なら、今日新人たちの歓迎会があるようなのよ。一緒に行かない?」

「…え?」


歓迎会?でもアリスからは何も聞いてないけど…


怪訝そうな顔で黙るエレノアを安心させるかのように、女の子はこちらの手を握った。


「無理にとは言わないわ。ただ、もっと仲良くなれたらいいなと思って。良かったら今日誰に会ったかも歓迎会で教えてあげる、ここで貴族の方のお名前を出すわけにはいかないでしょ?」


ふわりと何か香草系の匂いがした。頭の中に薬草の名前が駆け巡っている最中に、女の子が続けた言葉に意識をとられた。


「新人だけだから気楽だし、お酒もあるらしいわよ。王宮勤めじゃなかなか手に入らないでしょ?」


ん?


何か引っかかった。


「それは、なんか…気になる。何だっけ?」

「でしょう?決まりね!私は他の子にも声をかけるから、じゃあ後でね」


エレノアの独り言のような呟きを了承と受け取ったのか、早口で時間と場所だけを伝えて女の子は別の職場に消えた。


その後姿を見ながら、まだ考えていた。


お酒…あ!


エルに言われた言葉なのだと思い出した。




陽が沈み、エレノアは悩みに悩んでいく事にした。ただし隠れて。

いつ追い出されるかわからない城にいる期間は限られている、今最も大事なのは情報だ。


テオに知らせようとしたが、彼は城外に出ているらしかった。たまにぶつぶつ言いながらアレンの仕事を請け負っているのを知っている。それも何かしら取引してるようだったが、エレノアにはわからない。


なんだかんだ言って、仲はいいわよね


最後の手段はエルに置手紙だ。彼は自分よりも仕事の終わりが遅いのできっとまだ帰って来ない。


エルが部屋に帰ってくるまでに帰ってなかったら誰かに知らせてくれる…よね?それにすぐに帰ってくるつもりだし…


怒られるだろうなあと思いながらも、一応保険はかけておく。迷惑かけてごめん。

なんで行くなと行ったのか、ちゃんと理由を聞いておけばよかった。



陽が落ちると途端に暗くなるので出来るだけ警戒して行ったが、待ち合わせ場所には数人の新人がいた。顔見知りの子もいて、少しだけ肩の力が抜ける。エレノアは、姿を見せないように物陰に隠れて窺う。


あの子はまだかな…?


そう思ったのも束の間、草木のかき分ける音と共にいきなり後ろから羽交い絞めにされて押し倒された。その際に声が出せないように口元に布を当てられて意識を失った。

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