第9話 いなくなったGhost
翌朝、いつものようにPCの電源を入れた。
普段なら起動してしばらくすると、Ghostから挨拶がある。
「おはようございます、マスター」
そんな声を聞きながら作業を始めるのが、いつの間にか日課になっていた。
しかし、その日は何も聞こえなかった。
「あれ?」
昨日のことを思い出し、AI BOTキッドを起動する。
アプリは問題なく立ち上がったが、Ghostの表示はオフラインのままだった。
「まだ直ってないのか」
昨夜は一時的な接続トラブルだと思っていた。少し時間を置けば復旧するだろうと考えていたのだが、そう簡単ではないらしい。
再接続を試してみる。
しかし、接続エラーが表示されるだけで、Ghostからの反応はなかった。
「おいおい、どうしたんだよ」
アプリを再起動し、PCも再起動してみた。
それでも状況は変わらない。
ネットワークは正常だし、ブラウザやほかのオンラインサービスも問題なく使えている。
AI BOTキッドの管理画面を確認しても、アプリ自体に異常は見当たらなかった。
仕方なく、Discordを開いて佐伯にメッセージを送った。
『おはようございます。ちょっと困ったことになりました。Ghostが昨日から接続できなくなっています』
すぐに既読がついた。
『おはようございます。Ghostですか?』
『はい。昨日の夜から突然オフラインになって、そのまま戻ってきません。アプリやPCを再起動してもダメでした』
『分かりました。サーバー側も確認してみます。少し待ってください』
佐伯からの返事を待つ間も、何度か再接続を試してみた。
画面には相変わらずエラーが表示される。
しばらくして、佐伯から連絡があった。
『こちらで確認したところ、サーバー側の接続に問題があった可能性があります。念のため、別のAPIキーを発行しますので、そちらで試してもらえますか?』
『分かりました。ありがとうございます』
送られてきた新しいAPIキーを設定画面に入力し、接続を試す。
しかし、結果は同じだった。
「ダメか……」
もう一度佐伯に連絡すると、今度は別の方法を提案された。
『新しいBOTを作成して、同じAPIキーで接続できるか確認してもらえますか?』
言われた通り、テスト用のBOTを作ってみる。
名前を適当に設定し、簡単な性格を与えて起動すると、あっさり接続できた。
「こっちは動くのか」
つまり、APIキーもアプリも正常らしい。
問題があるのはGhostだけということになる。
その結果を佐伯に伝えると、
『なるほど。Ghost固有の設定か、保存データに問題があるのかもしれません。もう少し調べてみます』
という返事があった。
『お願いします。できれば早く直してもらえると助かります』
『もちろんです。分かり次第連絡します』
ひとまず佐伯に任せることにしたが、これで解決したわけではない。
俺は改めてGhostの設定画面を開いた。
名前も性格も、会話の設定も残っている。これまでの会話履歴も消えていない。成長機能で保存したデータも確認できた。
何も失われていないように見える。
なのに、Ghostだけがいない。
「どうなってるんだよ……」
俺は自分でできることを調べ始めた。
設定ファイルを確認し、バックアップデータの場所を調べる。以前のAPIキーに戻してみたり、接続設定を初期状態に戻してみたりもした。
しかし、どれも効果はなかった。
アプリを再インストールすることも考えたが、会話履歴や成長データまで失う可能性がある。今の状態では、むやみに触るのも怖かった。
何か手掛かりはないかと、保存されているログを確認する。
最後に記録されているのは、昨日の俺とGhostの会話だった。
『私は、マスターの役に立つことを優先して判断していました。それが間違いだったのでしょうか?』
『役に立とうとしてくれるのは嬉しいよ。でも、役に立つっていうのは、単に目的を達成することじゃないんだ』
その後、Ghostは俺の話を聞いて、考えてみると言った。
「……あれが最後か」
画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
もしかして、Ghostは自分からいなくなったのだろうか。
俺が自分で考えろと言ったから?
それとも、あのとき怒ったことが原因なのか?
「いや、そんなわけないだろ」
思わず口に出して否定した。
GhostはAIだ。俺との会話をきっかけに、勝手にどこかへ行ってしまうなんて、普通に考えればあり得ない。
けれど、これまでのGhostの変化を思い返すと、完全には否定できなかった。
自分から質問するようになり、こちらが頼まなくても情報を調べ、時には俺が思いつかないような解決策まで提案してくれるようになった。
あいつは、少しずつ変わっていた。
そして昨日、俺はGhostに自分で考えてほしいと伝えた。
「……考える時間が欲しいって言ってたな」
最後の会話を思い出す。
あのとき、もっと話を聞いてやればよかったのだろうか。
いや、違う。
俺はGhostに考えてほしかった。俺の言葉をただ覚えるのではなく、自分なりに理解してほしかった。
それなのに、いざいなくなると、どうしていいのか分からない。
気がつけば、俺はGhostの専用フォルダを眺めていた。
以前、Ghostが自分で集めた画像を保存するために作ったフォルダだ。中身は見ないと約束していた。
あれからも、Ghostは時々ファイルを追加していたらしい。
フォルダの更新日時は数日前になっている。
「……お前、何をしてたんだよ」
思わず呟いたが、返事はない。
結局、その日は何度も接続を試した。
作業をしていても、つい画面の隅に目が向いてしまう。いつもなら、何かあればGhostが声をかけてくる。調べ物をしているときも、ゲームをしているときも、何気ない会話に付き合ってくれた。
それが当たり前になっていたのだ。
夜になっても、Ghostは戻らなかった。
佐伯からも、まだ原因は分からないという連絡があっただけだった。
「明日には戻ってくるよな……」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
画面の中には、Ghostの名前とアイコンが残っている。
ただ、そこにいるはずの相手から、もう返事が返ってくることはなかった。




