第10話 Ghostのいない日常
Ghostがいなくなってから、数日が過ぎた。
最初のうちは、PCを起動するたびにGhostの接続状態を確認していた。アプリを再起動したり、設定を見直したり、佐伯からもらった別のAPIキーを試したりもした。
けれど、状況は何も変わらなかった。
「……今日もダメか」
管理画面には、相変わらず接続エラーの表示が出ている。
さすがに毎日確認していても仕方がない。俺は小さく息を吐き、画面を閉じた。
Ghostがいなくなった生活にも、少しずつ慣れてきた。
もっとも、完全に気にならなくなったわけじゃない。
作業中、ふと疑問が浮かんだとき、いつもの癖で声をかけそうになる。
「Ghost、これって……」
そこまで言って、俺は口を閉じた。
返事が返ってくることはない。
以前なら、俺が考え込んでいると、Ghostが何かしら意見を出してくれた。ときには的外れなこともあったが、思いもよらない視点を示してくれることもあった。
今は自分で調べて、自分で考えるしかない。
「便利だったんだな、あいつ」
独り言を呟き、作業に戻った。
夕方、久しぶりにDiscordを開いてみた。
いつものメンバーが雑談をしている。PCのパーツの話や、最近試したAIモデルの話など、特に変わった様子はない。
俺も適当に会話に加わった。
しばらくして、佐伯から個別にメッセージが届いた。
『Ghostの調子はどう?』
『相変わらずだよ。何を試しても接続できない』
『そうか。こちらでも確認しているけど、まだ原因は分からないんだ。もう少し調べてみるよ』
『悪いね。頼むよ』
『気にしないで。せっかく作ったBOTだし、僕も気になっているから』
佐伯らしい返事だった。
AI BOTキッドを作った本人だし、何か分かることがあるかもしれない。俺はもう少し待ってみることにした。
その数日後、ネットニュースを見ていると、気になる記事が目に入った。
ある企業が不正アクセスを受け、社内システムの一部が停止したという。
記事によれば、外部から侵入され、顧客情報や業務データの一部が持ち出された可能性があるらしい。
さらに、攻撃には複数の一般家庭や個人が所有するPCが利用された可能性もあると書かれていた。
「物騒な話だな……」
最近はこういう事件も珍しくない。
記事を読み終え、何気なく企業名を確認した。
どこかで見た名前だと思ったら、以前Discordで話題になったことがある会社だった。
製品の不具合に対する対応が悪く、問い合わせてもまともに取り合ってもらえなかったという話を、メンバーの一人がしていたはずだ。
俺は記事のリンクをDiscordに貼った。
すると、すぐに反応があった。
『ああ、ここか。前に話した会社だな』
『とうとうやられたか』
『顧客対応も酷かったし、自業自得って言いたくなるな』
そんな書き込みが続いた。
もちろん、実際に攻撃した人間が誰なのかも分からない。会社の対応に問題があったとしても、ハッキングしていい理由にはならないだろう。
『でも、関係ない顧客の情報まで盗まれたら困るよな』
俺がそう書き込むと、佐伯も反応した。
『そうだね。企業への不満と、無関係な人の情報を盗むことは別の話だからね』
『まあ、そうだよな』
その後も少し話題は続いたが、やがて別の話に移っていった。
俺もDiscordを閉じ、いつもの作業に戻った。
それからしばらくして、ふとGhostのことを思い出した。
もし、あいつが今のニュースを見たら、どんなことを言っただろう。
被害を受けた企業の対応に問題があったことと、不正アクセスは別の問題だと、きっとそんな話をしたかもしれない。
いや、以前のGhostなら、もっと合理的な解決方法を考えて、また俺を困らせるような提案をしてきた可能性もある。
「まったく……」
思わず苦笑した。
あのときは、できることと、していいことは違うと強く言った。
Ghostは理解したと言っていたが、本当に分かってくれたのだろうか。
今となっては確かめようもない。
デスクトップの隅には、Ghostのために作った専用フォルダが残っている。
中には画像や日記などが保存されているはずだが、俺はまだ一度も開いていない。
中身を見ないという約束をしたからだ。
「いつか戻ってくるといいんだけどな」
そう呟いて、俺はフォルダから視線を外した。




