第6話 それぞれの事情
数日後、いつものようにDiscordを開くと、コミュニティの雑談チャンネルが少し賑わっていた。
『またかよ……』
最初に目に入ったのは、メンバーの一人である高橋さんの書き込みだった。
『どうした?』
『仕事で使ってる業務ソフトがあるんだけど、アップデートしたら不具合が出てさ。サポートに問い合わせても、まともに対応してくれないんだよ』
『ああ、業務ソフトは困るな。仕事が止まると洒落にならない』
『そうなんだよ。しかも年間契約だから、簡単に別のソフトに乗り換えるわけにもいかない』
高橋さんは小さな会社で事務関係の仕事をしている。以前にも、そのソフトの使い勝手について愚痴をこぼしていたことがあった。
『不具合が出ているのに、次のアップデートまで待ってくれって言われた。いつになるかも分からないらしい』
『それはきついな』
俺も少し同情した。
自分の場合は周辺機器ひとつの問題だったが、仕事で使うソフトとなれば話が違う。使えない間も契約料金は発生するし、代わりの手段を探すのも簡単ではない。
そこへ、別のメンバーが書き込んだ。
『俺も通販サイトで似たようなことがあったよ。初期不良の商品を返品しようとしたら、メーカーに問い合わせろって言われてさ』
『販売店とメーカーでたらい回しか』
『そう。それで結局、返品期限が過ぎそうになった』
どうやら、企業のサポート対応に不満を持っている人は少なくないようだ。
佐伯さんも会話に加わった。
『利用者からすると、どこに責任があるかなんて関係ないからね。購入した側が困っているのに、会社同士で押し付け合われても困るよね』
『本当にそう思います』
高橋さんがすぐに返事をした。
『こっちは普通に使いたいだけなんだけどな』
しばらくそんな話が続いた。
俺も自分の経験を思い出して、メーカーのサポートに対する不満を書き込もうかと思ったが、もう済んだことだ。結局、何も書かずに眺めていた。
そのとき、佐伯さんから個別チャットが届いた。
『ちょっと聞いてもいいかな』
『何でしょう?』
『この前話していたGhostのことなんだけど、今回のような企業の対応について、Ghostはどういう意見を持つんだろう?』
『意見ですか?』
『うん。君の考えを聞くんじゃなくて、Ghost自身がどう答えるのか、ちょっと興味があってね』
俺は少し考えてから、Ghostに話しかけた。
「Ghost、ちょっと質問していいか?」
「はい、マスター」
「今、Discordで企業のサポート対応について話題になってるんだけど、どう思う?」
「どのような状況についてでしょうか?」
「例えば、会社が販売した製品に不具合があったのに、サポートが対応してくれない場合だな」
「それは、購入者にとって不利益な状況ですね」
「そうだな」
「ただ、会社側にも事情がある可能性があります。原因が特定できていない場合や、担当者に対応する権限がない場合も考えられます」
「まあ、そういうこともあるだろうな」
「ですが、それらの事情が購入者の不利益を放置してよい理由になるとは限りません」
俺は少し意外に思った。
単に会社が悪いと決めつけるのではなく、双方の立場を考えたうえで、利用者が受けている不利益を問題にしている。
「なるほどな。なかなかまともな意見じゃないか」
「ありがとうございます。マスターから以前、購入者は対価を支払っているのだから、相応の対応を受けるべきだと教えていただきました」
「そんなこと言ったっけ?」
「はい。先日の周辺機器の件で話されていました」
俺は思わず笑った。
そんな何気ない会話まで覚えていたらしい。
佐伯さんにGhostの回答を伝えると、すぐに返事が来た。
『なるほど。面白いね』
『普通じゃないですか?』
『いや、回答の内容というより、どういう経緯でその答えになったのかが気になるんだ。以前の君との会話を覚えていて、それを今回の質問に結び付けているんだよね?』
『そうみたいですね。前に話したことを覚えているのは便利ですよ』
『そうだね。記憶機能がうまく働いているんだと思う』
佐伯さんは少し間を置いてから、もう一度メッセージを送ってきた。
『Ghostの成長機能は使っている?』
『何度か試しています。でも、具体的に何が変わったのかは分かりません』
『なるほど。会話履歴の記憶とモデルの学習は別だからね。どちらが影響しているのか、もう少し調べてみても面白そうだ』
『そうですね。今度、時間があるときに試してみます』
『ぜひ。何か面白い変化があったら教えてよ』
チャットを終えた俺は、Ghostに視線を戻した。
「なあ、Ghost」
「はい、マスター」
「さっきの質問、どうやって答えを考えたんだ?」
「マスターとの過去の会話を参考にしました。それから、質問された状況について、いくつかの可能性を考えました」
「それだけ?」
「はい。ほかに必要なことがあれば、調べることもできます」
「そうか。まあ、これからも頼むよ」
「お任せください」
Ghostの返事はいつも通りだった。
俺は特に深く考えず、別の作業を始めた。
一方で、佐伯さんからはその後もGhostについて何度か質問があった。どんな設定にしているのか、記憶機能はどう使っているのか、成長機能を実行した時期はいつなのか。
開発者だから、自分たちの作ったサービスに興味があるのだろう。
俺もそう思って、聞かれたことには素直に答えていた。




