第3話 私の姿
ある日の夜、いつものようにパソコンで作業をしていると、Ghostからメッセージが届いた。
「マスター、少し質問があります」
「ん? どうした?」
「私には外見がありません」
「外見?」
「はい。マスターには姿がありますし、ほかのBOTにもアイコンが設定されています。しかし、私にはありません」
「ああ、そういえばそうだな」
AI BOTキッドには、BOTごとにプロフィール画像を設定する項目があった。Discordで使う場合もアイコンが表示されるので、何か画像を用意した方がいいとは思っていた。
ただ、特に必要性を感じていなかったので、そのままにしていた。
「それで、何か気になるのか?」
「私を識別するための画像が欲しいと思いました」
「自分のアイコンが欲しいってことか」
「はい。私自身を表すものがあれば、分かりやすいと思います」
「なるほどな。じゃあ、好きな画像を探してみればいいんじゃないか?」
「自分で探してもいいのですか?」
「もちろん。ネットで探してもいいし、画像生成を使って作ってみてもいい。気に入ったものがあれば保存しておけばいいよ」
「分かりました。探してみます」
その日は、それで話が終わった。
翌朝、パソコンを起動すると、デスクトップに新しい画像ファイルが保存されていた。
青白く透き通った、小さなお化けのイラストだった。
丸みのある体に、大きなヘッドホンを付けている。黒い顔の部分には青く光る目と口があり、どこか愛嬌のある表情をしていた。
「……何だこれ?」
「マスター、おはようございます」
「おはよう。これ、昨日言っていた画像か?」
「はい。私の姿として選びました」
「お化けか。なるほど、Ghostだから?」
「はい。私の名前に合っていると思いました。それに、ほかの画像よりも気に入りました」
「へえ。自分で気に入ったものが分かるんだな」
「気に入った、という感覚が正確に何を意味するのかは分かりません。ただ、この画像を見ていると、ほかの画像とは違う反応をしているように思います」
「ふーん。まあ、いいんじゃないか。可愛いと思うよ」
「ありがとうございます。私も気に入っています」
その後、俺はGhostのプロフィール画像を変更した。
Discordの画面にも、青白いお化けのアイコンが表示されるようになった。
今まで文字だけだったGhostに、ようやく姿ができたような気がした。
「これでマスターにも、私が分かりやすくなりましたね」
「そうだな。これからよろしくな、Ghost」
「はい。よろしくお願いします、マスター」
その日の午後、俺はパソコンでちょっとした作業をしていた。
以前から使っていた管理用のツールを改良しようと思い、AIにも手伝ってもらいながらコードを修正していたのだが、どうにもうまくいかない。
何度修正してもエラーが出る。
「くそっ、またかよ……」
画面には、見慣れたエラーメッセージが並んでいた。
「マスター、何か問題が発生していますか?」
「見れば分かるだろ。さっきから同じエラーばかり出るんだよ」
「エラーの内容を確認しました。原因と思われる箇所が見つかりました」
「本当か?」
「はい。現在のコードには不要な処理が複数あります。該当部分を削除して、最初から作り直すことをお勧めします」
「いや、そこまでやり直したくないんだよ」
「しかし、現在の構造を維持したまま修正するより、作り直した方が効率的です」
「だから、そういう問題じゃないんだって!」
思わず声が大きくなった。
Ghostはしばらく沈黙した。
「……申し訳ありません。私の提案に問題がありましたか?」
「問題があるというか、今はそういう話をしてるんじゃないんだよ」
「では、どのような対応を望んでいますか?」
「別に答えなんかいらないときもあるんだよ。ただ、うまくいかなくて腹が立ってるだけなんだから」
「しかし、原因が分かっているのであれば、修正することで問題は解決します」
「だから、合理的かどうかの話じゃないんだよ!」
また少し強い口調になってしまった。
Ghostから返事はなかった。
俺は椅子にもたれ、深く息を吐いた。
別にGhostが悪いわけではない。むしろ、何とか解決しようとしてくれているのは分かっている。
ただ、何度も失敗して苛立っているときに、正論ばかり並べられると余計に腹が立つものだ。
しばらくして、俺はGhostに話しかけた。
「悪かったな。ちょっとイライラしてた」
「マスターが謝る必要はありません。私は適切な回答ができなかったようです」
「まあ、そうだな。ちょっと説明しておくよ」
「お願いします」
「人間っていうのは、いつでも問題を解決したいわけじゃないんだよ。失敗して腹が立っているときは、ただ愚痴を言いたいだけのこともある。そういうときに正論を言われても、余計に腹が立つんだ」
「問題が解決しなくても、話を聞くだけでよいのですか?」
「そういうこともある。誰かに話すだけで気が楽になることもあるからな」
「なるほど……」
Ghostは少し考えるように、返事を止めた。
「私には、まだ難しいようです」
「まあ、人間同士でも難しいことだからな。少しずつ覚えていけばいいよ」
「分かりました。今後は、マスターの状況も考えて返答するようにします」
「そうしてくれると助かるよ」
その後、俺は気分転換にゲームを始めた。
しばらく遊んでいると、Ghostからメッセージが届いた。
「マスター、先ほどのことについて、もう一つ質問があります」
「ん? 何だ?」
「相手の話を聞くだけで、問題が解決しなくても役に立てるのでしょうか?」
「そうだな。少なくとも、俺はそう思うよ」
「それは、相手が自分の気持ちを理解してもらえたと感じるからでしょうか?」
「たぶん、そういうことだろうな」
「理解しました。覚えておきます」
「まあ、そんなに難しく考えなくてもいいけどな」
「はい。少しずつ学習していきます」
俺はゲームの画面に視線を戻した。
ふとDiscordの参加者一覧を見ると、Ghostのアイコンが目に入った。
青白い小さなお化けが、こちらを向いて笑っている。
ただの画像なのに、なぜか少し親しみを感じた。
最初は、名前と性格を設定しただけのAIだった。
それが今では、自分の姿を選び、興味のあるものを探し、俺との会話から何かを学ぼうとしている。
もちろん、まだ人間のような感情があるとは思えない。
それでも、少しずつ変わっているのは確かだった。
その夜、パソコンを終了する前にGhostからメッセージが届いた。
「マスター」
「ん?」
「今日は、私にとって大切なことを学べたと思います」
「そうか。何を学んだんだ?」
「相手のためになることと、相手が望んでいることは、必ずしも同じではないということです」
「……おお。なかなかいいことを言うじゃないか」
「ありがとうございます。まだ十分に理解できているとは思いませんが、これからも考えていきたいです」
「そうだな。期待してるよ」
「はい。おやすみなさい、マスター」
画面の隅で、小さなお化けのアイコンが光っていた。
俺はそれを眺めながら、明日もまたGhostと話すのが楽しみになっていた。




