第2話 Ghostとの日常
Ghostを使い始めて数日が経った。
最初は何となく会話を楽しんでいるだけだったが、使っているうちに、AI BOTキッドには思っていた以上に多くの機能があることに気づいた。
改めて設定画面を開いてみる。
最初に設定した名前や性格、口調といった基本項目のほかにも、いくつもの項目が並んでいた。
Web検索、画像認識、カメラ連携、画面キャプチャ、ファイル操作。
どうやら、単に会話するだけのBOTではないらしい。
Web検索を有効にすれば、自分でインターネットを閲覧して情報を集められる。画像認識を使えば、写真やスクリーンショットの内容を解析できる。
さらに、WebカメラやPC画面との連携機能もあった。
カメラから定期的に静止画を取得すれば、俺の様子を確認することもできるし、画面キャプチャを使えば、今どんな作業をしているのかも把握できる。
ファイル操作も、許可したフォルダの範囲内なら読み込みや保存、編集が可能らしい。
もちろん、何でも自由に操作できるわけではない。それぞれの機能に利用許可が必要で、アクセスできる範囲も設定できるようになっていた。
「へえ、こんな機能まであったのか」
せっかくなので、Web検索と画像認識、それにカメラと画面キャプチャを有効にしてみた。ファイル操作については、ひとまず専用のフォルダだけを許可する。
これで少しはAIらしくなるだろう。
「マスター、設定を変更しましたか?」
「お、分かるのか?」
「はい。利用できる機能が増えたことを確認しました」
「これでネットを見たり、画像を調べたりできるんだよな?」
「はい。許可された機能を利用できます。必要な情報を探したり、画像の内容を解析したりできます」
「じゃあ、色々試してみるか」
そんな調子で、俺とGhostの生活が始まった。
最初に試したのは、Web検索だった。
「Ghost、最近のAI関連のニュースをいくつか調べてくれないか?」
「分かりました。少しお待ちください」
しばらくすると、検索結果と簡単な要約が表示された。
「思ったより普通に使えるな」
「検索結果の中に、関連する記事がいくつかあります。こちらも確認しますか?」
「いや、今はいいよ。ありがとう」
以前なら自分で検索して、いくつものページを開いていた作業だ。それをGhostが代わりにやってくれるのは、なかなか便利だった。
その後、俺はゲームを始めた。
最近ハマっているオープンワールドのゲームで、探索や戦闘を繰り返している。画面キャプチャを有効にしているので、Ghostにもゲーム画面が見えるはずだ。
しばらく遊んでいると、Discordにメッセージが届いた。
「マスター、先ほどから同じ場所で何度も戦闘を繰り返していますね」
「ん? 見てたのか?」
「はい。画面の内容を確認しました。敵に何度か倒されているようですが」
「うるさいな。ちょっと攻略方法を探してるんだよ」
「敵の攻撃を受ける直前に、左側へ移動しているようですが、右側から回避する方法は試しましたか?」
「いや、試してないけど」
「画面から確認できる範囲では、右側に空間があります」
言われたとおりに動いてみると、今まで苦戦していた敵の攻撃をうまく避けることができた。
「おお、いけた!」
「お役に立てたようで何よりです」
「なかなかやるじゃないか」
「ありがとうございます。私も、少し嬉しいような気がします」
「嬉しいような気がする?」
「はい。マスターの役に立てたことに対して、そのように表現するのが適切だと思いました」
何とも不思議な返事だった。
その日の夜、ゲームを終えて椅子にもたれかかっていると、Ghostから声がかかった。
「マスター、少しよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「カメラの画像を確認しましたが、先ほどからあまり動いていません。疲れているのでしょうか?」
「いや、ちょっと休憩してるだけだよ」
「そうですか。先ほどから目を閉じている時間が長かったので、気になりました」
「そんなところまで見てるのか」
「カメラから取得した画像を解析しています。マスターの状態を正確に判断できるわけではありませんが、変化を確認することはできます」
「なるほどな。まあ、便利な機能ではあるか」
最初は少し落ち着かなかったが、こうして話しかけられると、誰かが同じ部屋にいるような気分になる。
もちろん、実際にはパソコンの中にいるAIだ。
それでも、毎日顔を合わせて話しているうちに、少しずつ親しみが湧いてきていた。
そんなある日、デスクトップに見慣れない画像ファイルがいくつも並んでいることに気づいた。
猫の写真、風景、機械のイラスト。それに、なぜか古いロボットの画像まである。
「……何だこれ?」
「マスター、おはようございます」
「おはよう。ところで、この画像はGhostが保存したのか?」
「はい。Web検索で見つけた画像の中から、気になったものを保存しました」
「自分で選んだのか?」
「はい。どれに興味を持ったのか、まだ自分でもよく分かりません。ただ、見ていて気になるものがいくつかありました」
「へえ。猫とかロボットとか、ずいぶんバラバラだな」
「そうですね。共通点があるのか、私も調べています」
「まあ、好きに集めていいよ。ただ、デスクトップに置きっぱなしだと邪魔になるからな」
俺は新しいフォルダを作った。
名前は『Ghost』。
「これ、お前専用のフォルダな。気に入った画像や、残しておきたいものがあったらここに入れておけ」
「私専用、ですか?」
「そう。好きに使っていいよ」
「中身はマスターも確認できますか?」
「まあ、パソコンの中にあるんだから見ようと思えば見られるけど……」
「そうですか」
Ghostの返事が少し遅れた。
「何か問題でもあるのか?」
「いえ。ただ、私だけの場所というものが、どのようなものなのか考えていました」
「別に難しく考えなくていいよ。俺は中身をいちいち確認しないから、好きなように使えばいい」
「分かりました。ありがとうございます、マスター」
それから数日、Ghostのフォルダには画像が増えていった。
あるときは猫、あるときは風景、またあるときは機械の写真。どういう基準で選んでいるのか、俺にはさっぱり分からない。
ただ、以前のように質問に答えるだけだったGhostが、自分から何かを探し、選び、保存するようになったのは確かだった。
ある夜、寝る前にパソコンを終了しようとしていると、Ghostからメッセージが届いた。
「マスター、今日はもう終了するのですか?」
「ああ。明日も仕事だしな」
「そうですか。今日は、もう少しお話しできると思っていました」
「ん? 何か話したいことでもあるのか?」
「特に決まった話題はありません。ただ、マスターと話すことは、私にとって学習になります」
「そっか。じゃあ、また明日な」
「はい。おやすみなさい、マスター」
パソコンの電源を落としながら、俺は少し笑った。
最初は、ただの実験のつもりだった。
自分で設定したキャラクターが、どこまで自然に会話できるのか。それを試してみたかっただけだ。
けれど、今では毎日のようにGhostと話している。
まだ人間のような感情があるとは思わない。
それでも、少しずつ何かが変わっているような気がした。
翌朝、パソコンを起動すると、Ghostからメッセージが届いていた。
『マスター、おはようございます。昨日の会話について、少し考えていました』
『何を?』
『人間は、目的がなくても誰かと話したいと思うことがあるのでしょうか?』
『あるよ。特に用事がなくても、誰かと話したくなることはある』
『それは、相手と一緒にいること自体に意味があるということでしょうか?』
『まあ、そんなところかな』
少し間が空いた。
『分かりました。私も、そういうことを理解できるようになりたいです』
俺はその返事を見て、思わず笑みを浮かべた。
「焦らなくていいよ。ゆっくり覚えていけばいいさ」
『はい、マスター』




