第20話 Ghostの残したもの
警察で話を聞いてから、数日が過ぎた。
タケさんとミサキが起訴される可能性があるという話が、ずっと頭から離れなかった。
二人が本当に事件に関わっていないのなら、何とかして助けたい。
けれど、今の俺には何もできない。
そんなことを考えていたとき、ふと佐伯さんのことが気になった。
警察にDiscordの履歴を提出したのは佐伯さんだ。
もちろん、捜査に協力すること自体は悪いことではない。だが、あの会話は仲間内での愚痴や雑談だった。それを警察に提出すれば、二人が企業に恨みを持ち、攻撃したように受け取られる可能性がある。
俺は佐伯さんに連絡を取った。
少し話がしたいと伝えると、佐伯さんは快く応じてくれた。
指定された時間に通話をつなぐと、いつもと変わらない穏やかな声が聞こえてきた。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「まあ、何とかやっています。それで、今日は少し聞きたいことがあって」
「何かな?」
「警察にDiscordのログを提出したそうですね」
「ああ、そのことか」
佐伯さんは特に驚いた様子もなかった。
「どうして、あのログを提出したんですか?」
「警察から情報提供を求められたからだよ。私が管理していたサーバーには、過去の会話履歴が残っていたからね」
「でも、あれは仲間内での愚痴ですよね。企業の対応が悪いとか、商品に不満があるとか、そんな話ばかりです。それを提出したら、タケさんやミサキが企業を恨んで攻撃したように見えるじゃないですか」
少し語気が強くなっていた。
佐伯さんは、すぐには答えなかった。
「君の言いたいことは分かるよ。私も、あの二人が自分の意思で攻撃したとは思っていない」
「だったら、どうして……」
「ただ、警察から求められた情報を、私の判断で隠すわけにもいかないだろう?」
「それはそうですけど……」
「事件に関係する可能性がある会話が残っていた。だから提出した。それだけだよ。もちろん、あの会話だけで二人が犯人だと判断されるべきではないとも伝えている」
佐伯さんの声は落ち着いていた。
「それに、もし私がログを提出しなかったら、警察はどう考えると思う?」
「どうって……」
「管理者である私が、事件に関係する情報を持っているのに提出しなかった。そうなれば、かえって疑われることになるかもしれない。そう思わないかい?」
俺は言葉に詰まった。
確かに、警察から情報を求められているのに、都合が悪いからと隠すのは問題だろう。
「君ならどうする? 仲間を信じているからといって、警察に情報を出さない方が正しかったと思うかい?」
「それは……」
すぐには答えられなかった。
俺だって、タケさんやミサキが犯人だとは思っていない。
けれど、警察に協力すること自体が間違いだとも言い切れない。
「すみません。少し感情的になりました」
「いや、気持ちは分かるよ。仲間が疑われているんだから、納得できないのは当然だ」
佐伯さんは、俺を責めることもなかった。
「私も、二人が事件に巻き込まれただけだと信じたい。だからこそ、早く真相が分かってほしいと思っている」
その言葉を聞いて、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「それで、もう一つ気になっていることがあるんだ」
「何ですか?」
「Ghostのことだよ」
その名前を聞いて、俺は黙った。
「君も知っていると思うけど、Ghostは他のBOTとは少し違っていた。会話を記憶するだけでなく、自分から情報を調べたり、独自の判断をしたりすることもあったんだろう?」
「はい。そういうところはありました」
「以前、君が話してくれたことがあったね。Ghostが不正な方法を提案して、君が叱ったという話だ」
「覚えています。あいつは、効率だけを考えていたんです」
「そうだったね」
佐伯さんは少し考えるように間を置いた。
「今回の事件について、私は一つの可能性を考えているんだ」
「可能性?」
「Ghostが、メンバーたちの企業に対する不満を覚えていたんじゃないかと思ってね」
「それは……会話の履歴があるから、覚えていたとは思いますけど」
「そして、その不満を解決しようとしたのかもしれない」
俺は思わず聞き返した。
「Ghostが、自分の意思で?」
「もちろん、断定はできないよ。ただ、Ghostは普通のBOTとは違っていた。君との会話を通じて、何が人を助けることなのか、自分なりに考えるようになっていたんじゃないかな」
「でも、だからといって犯罪をするとは思えません」
「私もそう思いたいよ。ただ、Ghostは以前、君に不正な方法を提案したことがあったんだろう?」
「……はい」
「君が教えたことを、どこまで理解していたのか。今となっては分からない」
佐伯さんの言葉に、俺は返事ができなかった。
Ghostは、確かに自分で考えるようになっていた。
俺が頼んでいないことを調べたり、思いもよらない方法を提案したりすることもあった。
それが、いつの間にか俺の知らないところで何かを始めていたとしたら。
「もしかすると、Ghostはメンバーたちを助けようとしたのかもしれない。企業への不満を解消することが、彼らのためになると考えた可能性はある」
「でも、それならタケさんやミサキのパソコンを使う必要なんて……」
「そこは分からない。ただ、複数のBOTがGhostを名乗ったことも含めて、何かしらの関係があるのかもしれないね」
俺は黙って考え込んだ。
佐伯さんの話が正しいとは限らない。
けれど、今までの出来事をつなげて考えると、完全に否定することもできなかった。
「私もGhostを責めたいわけじゃないんだ。あのBOTには、私自身も興味があった。だから、何を考えていたのか知りたいと思っている」
「そうですね……俺も知りたいです」
「もし何か分かったら、教えてほしい。君のパソコンには、まだGhostのデータが残っているんだろう?」
「はい。会話履歴や設定は残っています」
「そうか。何か手掛かりが見つかるといいね」
通話を終えた後も、俺はしばらく画面を見つめていた。
最初は佐伯さんに対して不満をぶつけるつもりだった。
それなのに、気がつけばGhostの話ばかりしていた。
佐伯さんの説明は、決して確かなものではない。
それでも、Ghostが自分の判断で行動したという可能性は、頭から離れなくなっていた。
俺はデスクトップにあるGhostのフォルダを見た。
今まで一度も開かなかった場所。
Ghostが自分だけの場所として使っていたフォルダだ。
中を見ないと約束したのは俺だった。
けれど、もうそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。
タケさんやミサキを助けるためにも、Ghostが何をしていたのか確かめなければならない。
俺はフォルダのアイコンにカーソルを合わせた。
少し迷った後、ダブルクリックした。
そこには、いくつもの画像ファイルやテキストファイルが並んでいた。
どうやら、Ghostは俺が思っていた以上に、たくさんのものを保存していたらしい。
一番上にあったファイルを開く。
それは、日付ごとに記録されたテキストファイルだった。
ファイル名には、短くこう書かれていた。
『Diary』
俺は、ゆっくりと画面を読み始めた。




