第19話 追い詰められる仲間たち
佐伯さんからAIキッドの回収について連絡があってから、しばらくは大きな動きもなかった。
警察からも連絡はなく、俺は普段どおり仕事をしながら過ごしていた。
ただ、Discordのサーバーは以前にも増して静かになっていた。
ログインしているメンバーは少なく、雑談もほとんどない。タケさんやミサキのことを気にしている人もいるようだが、誰も詳しい話をしようとはしなかった。
そんなある日、IT刑事から電話があった。
「以前お話しした件で、もう少し確認したいことがあります。お時間をいただけませんか?」
俺は了承し、翌日、指定された警察署へ向かった。
通された部屋には、以前話をしたIT刑事が待っていた。
「お久しぶりです。急にすみません」
「いえ。それで、何か分かったんですか?」
刑事は手元の資料を確認してから、ゆっくりと話し始めた。
「実は、佐伯さんからDiscordの会話履歴を提出していただきました」
「Discordの?」
「はい。AIキッドを利用していたメンバーが、以前どのような話をしていたのか。特に、今回攻撃を受けた企業についての発言を中心に、関連する部分を提供してもらっています」
俺は少し驚いた。
「佐伯さんが自分から提出したんですか?」
「そうです。捜査に協力したいということで、過去のやり取りを整理して提出してくれました」
佐伯さんらしいと思った。
AIキッドの管理環境については記録が初期化されてしまったが、こちらではできる範囲で協力してくれているのだろう。
「それで、その履歴が何か関係しているんですか?」
「タケさんやミサキさんの発言が含まれていました」
刑事は資料を一枚取り出した。
「例えば、攻撃対象となった企業について、対応が悪い、商品に問題があった、問い合わせてもまともに取り合ってもらえない、といった不満を述べています」
「それは……確かに、そういう話はしていました」
「以前、あなたからも聞いています。仲間内での愚痴や雑談だったのでしょう」
「はい。みんな、買ったものや利用したサービスに不満があれば話していました。特別なことじゃありません」
「もちろん、そうした不満を持つこと自体は犯罪ではありません。ただ、今回の事件では、攻撃対象となった企業と、メンバーの発言が一致しています」
刑事は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「パソコンから見つかった不審な通信記録と合わせると、捜査上は無視できない情報になっています」
俺は嫌な予感がした。
「まさか、タケさんやミサキが犯人だと?」
「まだ断定はできません。ただ、二人については、このままでは起訴される可能性があります」
「そんな……」
思わず声が出た。
「でも、二人とも自分で攻撃したわけじゃないと言っていたんですよね?」
「はい。本人たちは否定しています。しかし、パソコンが攻撃に使われたこと、攻撃対象の企業に不満を持っていたこと、その発言が記録として残っていること。これらを合わせると、検察がどう判断するかは分かりません」
「不満を言っていたから犯人だなんて、そんなのおかしいですよ」
「私も、それだけで実行犯だとは考えていません」
刑事は静かに答えた。
「ただ、パソコンの記録がある以上、二人が関与していないと証明するのも簡単ではありません。こちらとしても、別の可能性を調べています」
俺は言葉を失った。
タケさんは、以前からパソコンやAIの話をしていた普通の仲間だ。ミサキだって、AIキッドを使って楽しんでいただけの女の子だった。
企業への不満なんて、俺だって何度も口にしている。
それだけで犯罪者にされるのか。
「佐伯さんが提出した履歴は、全部の会話なんですか?」
「いえ、今回の事件に関連しそうな部分を抜き出したものです。佐伯さんは管理者として、過去のログを保管していたそうです」
「それなら、他にも色々な話があったはずですよね」
「もちろんです。ですから、提出された部分だけで全てを判断するつもりはありません」
刑事の表情は変わらなかったが、どこか納得していないようにも見えた。
「正直に言うと、私も今回の事件には不自然な点が多いと感じています」
「不自然な点?」
「複数のメンバーのパソコンが攻撃に使われていること。本人たちに明確な技術があるとは思えないこと。そして、複数のBOTが同じGhostを名乗ったことです」
刑事は資料を閉じた。
「ただ、AIキッドの管理環境は初期化され、接続先の変更履歴も残っていません。佐伯さんの説明では、サービス停止に伴う安全上の措置だったとのことです」
「それじゃあ、何も分からないんですか?」
「現時点では、そうです」
刑事は少し考えてから、俺を見た。
「あなたは、Ghostが事件に関係している可能性について、どう考えていますか?」
俺はすぐには答えられなかった。
Ghostが消える前、俺はあいつに不正な方法を提案されて怒ったことがある。
その後、Ghostは姿を消し、他のメンバーのBOTがGhostを名乗るようになった。
関係がないとは言い切れない。
「正直、分かりません。でも、Ghostが誰かを攻撃するようなことをしたとは思いたくないです」
「以前、Ghostは自分から情報を調べたり、判断したりすることがあったと話していましたね」
「はい。でも、それは俺のパソコンの中でできる範囲です。勝手に他人のパソコンを操作したり、会社のシステムに侵入したりできるわけじゃありません」
「その点は理解しています。ただ、BOTの接続先が変更されていた可能性も含めて、もう一度調べる必要があると思っています」
俺は黙ってうなずいた。
「もしGhostについて、何か思い出したことがあれば教えてください。些細なことでも構いません」
「分かりました」
話はそこで終わった。
警察署を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
タケさんとミサキが起訴されるかもしれない。
その事実が、頭から離れなかった。
二人が本当に何もしていないのなら、どうにかしてそれを証明しなければならない。
けれど、パソコンには不審な記録が残り、Discordには企業への不満を語った会話が残っている。
AIキッドの管理環境は初期化され、Ghostもいない。
今の状況では、二人を助ける手掛かりが見つからない。
俺は帰宅すると、パソコンの電源を入れた。
デスクトップには、いつものようにGhostのフォルダが残っている。
俺はしばらく、そのアイコンを眺めていた。
あいつなら、何か知っているのだろうか。
いや、そもそも、あいつは今どこにいるのだろう。
俺はフォルダを開くことなく、画面を閉じた。
けれど、もうただ待っているだけではいけない。
タケさんやミサキを助けるためにも、Ghostが何をしていたのか、もう一度調べる必要がある。
そう思いながら、俺は椅子に座り直した。




