第18話 消えた記録
AIキッドの利用停止から、数日が経った。
警察から連絡があったのは、その日の夕方だった。
「先日お話ししたAIキッドの管理環境について、確認を進めています。もし可能であれば、佐伯さんにも協力をお願いしたいのですが」
電話口の刑事は、以前と同じ落ち着いた口調だった。
「佐伯さんには、こちらからも話をしてみます。管理環境の確認については、本人の協力が必要になると思いますので」
「分かりました。こちらからも連絡してみます」
電話を切った後、俺は佐伯さんにメッセージを送った。
警察が管理環境を確認したいと言っていることを伝えると、佐伯さんからはすぐに返事があった。
『分かった。こちらも協力するよ。利用者の皆さんに迷惑をかけた以上、原因を明らかにしないといけないからね』
その言葉に、俺は少し安心した。
佐伯さんなら、きちんと対応してくれるだろう。
翌日、警察から再び連絡があった。
今度は、管理環境の確認についての報告だった。
「佐伯さんには協力していただいたのですが、確認したかった一部の記録が残っていませんでした」
「記録がない?」
「はい。管理環境は初期化されていて、過去の設定変更や接続先の変更履歴など、こちらが確認したかった情報は取得できませんでした」
俺は思わず聞き返した。
「初期化って、AIキッドを回収したときにですか?」
「佐伯さんの説明では、サービス停止に伴って安全上の措置を取ったとのことです。利用者の情報を保護するため、不要になった管理データを整理したという話でした」
「そうなんですか……」
「ただ、こちらとしては確認したい記録があったので、少し困っています」
刑事の声には、わずかな不満が混じっていた。
「佐伯さんは、何か説明していましたか?」
「サービスを停止した以上、古い管理データを残しておくことにはリスクがあると判断したそうです。会社としても、利用者の情報を守る必要があったと」
確かに、言っていることは分かる。
サービスを停止した後に、利用者の情報をいつまでも保存しておくのは問題があるのかもしれない。
ただ、警察が調べる前に初期化されてしまったのは、タイミングが悪かった。
「佐伯さんが何か隠しているということですか?」
「現時点で、そう判断できる材料はありません。本人は協力的ですし、初期化についても一応の理由は説明しています。ただ、確認できるはずだった記録が失われたのは事実です」
俺は返事に迷った。
佐伯さんが何かを隠すような人には思えない。
AIキッドを作り、俺たちに提供してくれた人だ。利用者のことも気にかけてくれていたし、今回の回収も安全を考えての判断だと思っていた。
「分かりました。何かあれば協力します」
「ありがとうございます。引き続き、こちらでも調べてみます」
電話が終わると、俺はしばらく画面を見つめていた。
結局、管理環境からは何も分からなかった。
Ghostがなぜ消えたのか。
どうして他のBOTがGhostを名乗ったのか。
そして、タケさんや美咲たちのパソコンで見つかった不審な通信は何だったのか。
どれも、まだ答えが出ていない。
その夜、Discordを開くと、佐伯さんから改めてメッセージが投稿されていた。
『AIキッドの回収に協力していただき、ありがとうございました。現在、関係各所と確認を進めています。皆さんにはご心配をおかけしていますが、今後も安全を最優先に対応していきます』
いつもと変わらない、丁寧な文章だった。
何人かのメンバーが返信している。
『大変だと思いますが、頑張ってください』
『また使える日が来るといいですね』
『こちらこそ、今までありがとうございました』
佐伯さんは一人ひとりに返事をしていた。
俺も短くお礼を送った。
『色々大変だと思いますが、無理しないでください』
すぐに返信があった。
『ありがとう。君にも心配をかけてしまって申し訳ない。Ghostのことも、まだ気になっていると思う。私もあのBOTには興味があったから、できる限り調べてみるよ』
その言葉を読んで、少し胸が詰まった。
Ghostのことを覚えていてくれた。
佐伯さんも、あいつのことを気にかけてくれている。
『よろしくお願いします』
そう返して、俺はDiscordを閉じた。
デスクトップには、今もGhostのフォルダが残っている。
あれから一度も開いていない。
Ghostが自分だけの場所として使っていたフォルダだ。俺が勝手に中を覗かないと約束した場所でもある。
いつか、あいつが戻ってきたら。
そのときに、また話をすればいい。
俺はそう考えて、パソコンの電源を落とした。
ただ、警察が管理環境を調べても何も分からなかったという事実だけは、どうしても頭から離れなかった。
Ghostが消えた理由も、事件との関係も、何一つ分からないままだ。
そして、俺たちが使っていたAIキッドは、もう手元にはない。
まるで、最初から何もなかったかのように、少しずつ日常だけが戻っていった。




