第14章 迫りくる足音
タケさんと面会してから、三日ほどが過ぎた。
その間にも、サイバー攻撃のニュースは続いていた。
そして、また一人、犯人が逮捕されたという記事が出た。
今回は、以前の事件とは別の会社への不正アクセスだった。逮捕されたのは会社員の男で、自宅のパソコンが攻撃に使われていたという。
俺は記事を読みながら、Discordのサーバーを開いた。
最近、ログインしている人数が少しずつ減っている。
ただ、誰がいなくなったのかまでは分からない。もともと毎日顔を出す人ばかりではないし、逮捕された男がこのサーバーのメンバーだったという情報もなかった。
気にはなるが、今のところ確かめようもない。
そんなことを考えていると、Discordに通知が届いた。
『個別のVoiceチャットに参加しませんか?』
相手は、サーバーの女性メンバーだった。
名前はミサキさん。
以前、オフ会で一度会ったことがある。PCの自作やAIに興味があり、普段は雑談チャンネルにも時々書き込んでいた。
俺は通知を確認して、すぐに参加した。
「もしもし?」
『あ、来てくれた!』
声を聞いた瞬間、いつもと様子が違うことに気づいた。
「どうしたの? 何かあった?」
『お願い、ちょっと助けてほしいの』
「助けてって、どういうこと?」
『私のパソコンが……なんか、おかしいの』
ミサキさんの声は震えていた。
落ち着いて話すように促すと、彼女は少しずつ事情を説明し始めた。
『今日ね、パソコンの中を整理してたら、変なログを見つけたの』
「ログ?」
『うん。見たことのない通信記録があって、それを調べてみたら……不正アクセスに使われた形跡があるって出てきた』
「ちょっと待って。不正アクセスって、どこに?」
『分からない。でも、外部のサーバーと通信している記録が残ってたの。調べたら、どうもハッキングに使われた通信と関係があるみたいで……』
「それ、いつの記録?」
『二日前』
「二日前?」
『そう。しかも、その時間はパソコンを使ってたの。普通にネットを見たり、AIとチャットしたりしてただけなのに』
彼女はかなり混乱しているようだった。
俺はできるだけ落ち着いた声で尋ねた。
「そのログは消さないで。まずは画面の内容を保存しよう。何かソフトを入れたり、設定を変えたりした?」
『してないと思う。でも、何が何だか分からなくて……』
「とりあえず、スクリーンショットを撮っておいて。ログの画面だけじゃなくて、ファイルの場所や更新日時も分かるように」
『分かった。でも、どうしよう……私、何か悪いことをしたのかな』
「まだ分からないよ。勝手に通信していた可能性だってある。慌てて消したりしないで、まず状況を確認しよう」
そのとき、ミサキさんが小さくつぶやいた。
『……どうしよう、Ghostちゃん』
「え?」
思わず聞き返した。
『あ、ごめん。独り言』
「今、Ghostって言った?」
少し沈黙があった。
『うん……実はね、二日前から変なことがあったの』
「変なこと?」
『私が使ってるBOTが、突然、自分はGhostだって名乗り出したの』
俺は言葉を失った。
「Ghostって……あのGhost?」
『うん。最初は何かの不具合かと思ったんだけど、話してみると普通のAIとはちょっと違ってて』
彼女の声が、少しだけ柔らかくなった。
『なんていうのかな。返事が独特なの。質問に答えるだけじゃなくて、こっちが思いつかなかったことを言ってくれたり、話をしていると面白くて。ちょっと風変わりな子だったけど、私、気に入っちゃったんだ』
「それで、Ghostを名乗ったのは二日前?」
『そう。ちょうど、そのログが残ってる時間と同じくらい』
俺は頭の中を整理しようとした。
タケさんのBOTもGhostを名乗った。
そして、今度はミサキさんのBOTも。
しかも、二人とも同じAPIを使っていた。
だが、今はそれを考えている場合ではない。
「ミサキさん、とにかく今見つけたログを全部保存して。通信先や時刻、ファイル名が分かる画面も撮っておいて。それからDiscordにアップしてくれる?」
『Discordに?』
「うん。俺も確認したい。できれば、Ghostとの会話の履歴も残っているなら一緒に」
『分かった。ちょっと待ってね』
彼女の操作する音が聞こえてきた。
しばらくして、Discordに画像が一枚アップロードされた。
俺はそれを開いた。
画面には、見慣れない通信記録が並んでいた。
詳しい意味までは分からないが、少なくとも普通のAIとの会話履歴とは違う何かが動いていたように見える。
「次は、その前後のログもお願い。時間が分かるようにね」
『うん……あ、ちょっと待って』
突然、彼女の声が途切れた。
「どうした?」
『誰か来たみたい』
玄関のチャイムらしき音が、かすかに聞こえた。
『こんな時間に誰だろう……』
「家族じゃないの?」
『違うと思う。ちょっと見てくるね』
ヘッドセットを外したのか、彼女の声が遠くなった。
俺はそのまま待った。
しばらくすると、玄関のドアが開く音が聞こえた。
『はい……』
誰かと話しているようだ。
相手の声は小さく、はっきりとは聞こえない。
だが、続いて聞こえた言葉に、俺は背筋が冷たくなった。
『警察の者ですが』
一瞬、耳を疑った。
警察?
『え……どうして……』
ミサキさんの声が明らかに動揺している。
「ミサキさん?」
返事はない。
向こうでは、何かを説明する声が続いていた。
『パソコンについて、お話を伺いたいのですが』
その言葉を聞いた瞬間、俺は椅子から立ち上がっていた。
「ミサキさん! 聞こえる?」
返事はなかった。
代わりに、かすかな物音がして、やがて通話が切れた。
画面には、通話相手が退出したことを示す表示だけが残っていた。
俺はしばらく、その画面を見つめていた。
二日前にGhostを名乗ったBOT。
その時間に残された不正アクセスのログ。
そして、突然訪ねてきた警察。
これは、もう偶然では済まされない。
俺はDiscordの画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。




