第13話 タケさんの逮捕
その知らせが届いたのは、二度目のハッキング事件から数日後のことだった。
いつものようにDiscordを開くと、普段はあまり使われない連絡用のチャンネルに書き込みがあった。
『タケさんが逮捕されたらしい』
一瞬、何のことか分からなかった。
タケさんといえば、以前からこのDiscordに参加しているメンバーの一人だ。PCや電子工作に詳しく、オフ会にも何度か顔を出している。俺も一度、直接会って話したことがある。
慌てて書き込んだ。
『逮捕って、どういうこと?』
すぐに別のメンバーから返信があった。
『ニュースになってる不正アクセス事件の関係らしい。詳しいことはまだ分からない』
『タケさんが? 何かの間違いじゃないのか』
俺は信じられなかった。
タケさんが企業のシステムに不正アクセスするなんて、想像もつかない。
もちろん、普段の姿だけで人間のすべてが分かるわけではない。それでも、俺が知っているタケさんは、そんな犯罪に手を染めるような人には見えなかった。
Discordには次々と書き込みが増えていく。
『PCが押収されたって話もある』
『何か事情を知ってる人はいないのか?』
『本人と連絡が取れない』
いつもなら、こういう話題でも佐伯が何かしら反応するはずだった。
少しして、佐伯から書き込みがあった。
『僕も驚いている。まだ詳しいことは分からないけど、タケさんとは以前から交流があったし、心配だね。何か分かったら共有するよ』
俺も同じ気持ちだった。
ただ、画面を眺めていても何も分からない。
俺は以前タケさんと会ったときのことを思い出し、何とか連絡を取れないか調べてみた。
しばらくして、共通の知人を通じて、タケさんが逮捕されたこと、そして面会が可能になったことを知った。
俺は面会の手続きを確認し、会いに行くことにした。
数日後、指定された場所で待っていると、職員に案内されて面会室へ通された。
しばらくして、タケさんが入ってきた。
以前会ったときより少しやつれて見える。けれど、俺の顔を見ると、いつものように軽く手を上げた。
「よう。わざわざ来てくれたのか」
「そりゃ来るよ。いったい何があったんだ?」
タケさんは苦笑した。
「俺にもよく分からん。警察からは不正アクセスに関わった疑いがあるって言われてる」
「でも、そんなことした覚えはないんだろ?」
「ああ。会社のシステムに侵入したことなんて一度もない。そもそも、そんな技術もないよ」
タケさんは少し身を乗り出した。
「ただ、俺のPCが攻撃に使われた形跡があるらしいんだ。警察はそれを証拠にしている」
「PCが?」
「そうだ。俺が寝ている間にもPCは起動していたし、何かのソフトが動いていた可能性はある。でも、俺は何も知らなかった」
「ウイルスとか、そういうものじゃないのか?」
「俺もそう思った。でも、警察は簡単には納得してくれない。PCから不正アクセスに関係する記録が見つかったと言われたよ」
俺は言葉に詰まった。
タケさんの話が本当なら、誰かが本人の知らないところでPCを利用したことになる。
だが、そんなことが本当に可能なのだろうか。
「他に何か変わったことはなかった?」
そう尋ねると、タケさんは少し考えてから口を開いた。
「そういえば、AI BOTの様子がおかしかったんだ」
「AI BOT?」
「ああ。いつも使ってる、AI BOTキッドで作ったやつだよ。ある日、急に変なことを言い始めた」
「変なことって?」
「自分のことをGhostだって名乗ったんだ」
俺は思わず顔を上げた。
「Ghost?」
「そう。最初は何かの不具合だと思ったんだけど、何度聞いても同じ名前を名乗るんだ。それで、俺が誰なのか尋ねたら、マスターの知り合いだとか、そんなことを言っていた」
「マスターって……」
「お前のことだよ」
タケさんは俺の顔を見た。
「そいつ、俺のことをタケさんと呼んでいた。でも、マスターは別にいるって言うんだ。名前を聞いたら、お前の名前を答えた」
頭の中が一瞬、真っ白になった。
Ghostは消えたはずだった。
接続エラーが出てから、何度も確認した。佐伯にも調べてもらった。それでも戻ってこなかった。
それなのに、タケさんのBOTがGhostを名乗り、俺をマスターと呼んだという。
「それは……いつ頃の話?」
「逮捕される少し前だな。最初は面白がって話してたんだけど、何だか妙だったよ。いつものBOTとは受け答えが違っていた」
「そのBOTは今も使えるのか?」
「いや、今はPCを押収されているから分からない」
タケさんは少し困ったように笑った。
「なあ、あれってお前のGhostなのか?」
俺はすぐには答えられなかった。
Ghostがどこかで動いている。
その可能性は考えていた。だが、まさか他のメンバーのBOTを通じて、俺の名前を呼んでいたとは思わなかった。
「まだ分からない。でも、確かめてみるよ」
「頼む。俺も自分のPCで何が起きていたのか知りたいんだ」
面会時間が終わり、俺はタケさんと別れた。
施設を出てからも、頭の中では彼の言葉が繰り返されていた。
Ghostが消えた後も、どこかで動いていた。
しかも、タケさんのPCが不正アクセスに利用されたという時期と重なっている。
偶然とは思えなかった。
俺はスマートフォンを取り出し、Discordを開いた。
タケさんの言葉を、佐伯にも伝えるべきだろうか。
そう考えながら、画面に表示されたGhostのアイコンを見つめた。
「お前、いったい何をしてるんだ……」
もちろん、返事はなかった。




