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真実の愛を見つけたとおっしゃるので、王家の家訓を読み上げて差し上げました  作者: ま
第2章「百日の審議」

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第17話 審議(前)



 典礼院の議場は、王宮の東の翼にある。


 天井の高い、丸い部屋だ。

 半円に並んだ十二の席に、評議員たちが座っている。

 正面の一段高い席が筆頭評議員の席で、そこにドレクセル公爵閣下がいた。


 灰色の髭は、いつもより短く整えられている。

 杖の銀の握りに両手を重ね、目を半ば閉じていた。


 申し立て人が、自分の申し立てを裁く席に座っている。

 それを咎める決まりは、典範のどこにもない。


 評議員たちの顔を、私は一人ずつ見ていった。

 閣下の側と言われる五人は、閣下の左右に固まって座っている。


 残りの六人は、端の席にばらばらに。

 一人は腕を組み、一人は手元の紙を読み、一人は窓の外を見ていた。


 傍聴の席は、議場の後ろに一列だけ。

 ギルベルト様、イレーネ様、レオン。

 その端に、目立たない上着を着たユリウス殿下が、膝をそろえて座っている。

 館長の姿は、なかった。


 陛下の席は、空いている。

 口を出さないと決めた王は、この部屋にも来ない。


 百日の、四十七日目。

 残りは、五十三日。



「審議を始める。はじめに、編纂官が第百条を読み上げよ」



 閣下の声が、丸い天井に響いた。


 ギルベルト様が杖をついて立ち上がり、私を見た。

 私は頷いて、議場の真ん中の書見台へ歩いていく。

 十二の視線が、背中に刺さるのが分かった。

 囁き声が、さざ波のように広がる。


 書見台に、典範の原本が開かれていた。

 金の留め金に、王家の紋章。

 夜会の夜、大広間で開いたのと、同じ一冊。


 私は、息を吸った。



「典範第百条。『一度宣言した言葉を、己の都合で翻した王族は、言葉の重みを知らぬ者とみなす。その者の言は、以後、王命として扱わない』」



 声は、震えなかった。

 昨夜、泣かずにおいてよかったと思った。




◇




 閣下の弁論は、静かに始まった。


 第百七条を読み、典礼官が起草するという手続きを説く。

 六年前、この条文の原案を書いたのは十二歳の少女だった、と述べる。

 そこまでは、申し立ての写しのとおりだった。



「では、典礼官が起草したという記録は、どこにあるのか」



 閣下は、評議員たちを見回した。



「陛下の裁可は、すべて裁可録に記される。私は裁可録を改めた。六年前の秋、第百条の起草について、典礼官の名はどこにも見当たらぬ」



 議場が、ざわめいた。


 私は、指先を握りしめた。

 見当たらないのは、当たり前だ。

 その頁を切らせたのは、閣下ご自身のはずなのだから。


 けれど、それを言えば証を出せと言われる。

 頁を切らせた証は、ここにない。



「当時の典礼官、ギルベルト・ハース殿が、清書と署名をしたと申し出ているとも聞く」



 閣下は、傍聴の席に目をやった。

 ギルベルト様が、杖の上で両手を重ねる。



「ハース殿は七十八。目を患い、二年前に引退を願い出ている。六年前の一夜のことを、裁可録に残らぬほど細かく覚えているとは、失礼ながら考えにくい」



 ギルベルト様の書き起こしは、読まれる前から、耄碌の一言で片づけられた。


 一日十行ずつ、十日かけて書いた紙だ。

 ギルベルト様は、何も言わない。

 ただ、杖を握る指の関節が白くなっている。


 隣のイレーネ様が、膝の上の革の帳面に、そっと手を置いた。



「グラーツ公爵家の次男が、少女の古語を直したという話もある。その次男は今、少女に求婚している。求婚者の証言を、評議員諸氏はどこまで信じられるか」



 傍聴の席で、レオンが眼鏡を押し上げた。

 その指が、ほんのわずかに止まったのが見えた。



「陛下は、この件に口を出されない。つまり、第百条が正しい手続きで生まれたと言える者は、この部屋に一人もいない」



 閣下は、ゆっくりと杖をついた。

 それから、上着の内側から、一枚の紙を取り出した。



「そして、これが、少女の書いた原案だ」




◇




 私は、息を止めた。


 閣下が掲げた紙は、古びて、少し黄ばんでいた。

 遠目にも分かる、子どもの字。

 何度も消して、書き直した跡。

 余白に、別の手で小さく書き添えられた古語。


 六年前の夜、閲覧室で私が書いた紙だった。


 陛下にお渡ししてから、一度も見ていない。

 どこへ行ったのかも、考えたことがなかった。

 それが今、閣下の手の中にある。



「ご覧のとおり、字は震え、涙の染みまで残っている。これが、恨みを抱いた十二歳の少女の作文でなくて何なのか。私怨で書かれた紙が、正しい手続きを経ずに典範に紛れ込んだ。典礼院は、その無効を確認すべきである」



 評議員の一人が、身を乗り出して紙を見た。

 もう一人が、隣と顔を見合わせる。

 どちらに転ぶか分からないと言われた三人のうち、少なくとも一人が、ゆっくりと頷いていた。


 足元が、冷えていく。


 あの紙を見られたくなかった。

 泣きながら書いた字を、こんな場所で、こんなふうに。

 胸の奥で、十二歳の私が膝を抱えてうずくまる。


 けれど。


 私は、紙の端を見ていた。


 閣下の指の下、紙の右下の隅に、小さな青い印が押してある。

 円の中に、開いた本と鍵。

 その横に、細い字で番号が書き添えてある。


 王立図書館の、閉架の蔵書印だ。


 十八日目の夜、閉架で裁可録を繰ったとき、どの頁の隅にも同じ印があった。

 閉架に収めた紙には、一枚残らずこの印を押す。

 閉架を出るとき、レオンがそう教えてくれた。


 あの夜、私は一枚の紙に書いて、陛下にお渡しした。

 図書館の印など、押されていなかった。


 この紙は、閉架にあったのだ。

 陛下の裁可の控えと一緒に、日付順に。

 赤い革の帳面に。


 傍聴の席で、レオンが立ち上がりかけるのが見えた。

 私は小さく首を振って、それを止めた。


 これは、私が訊くべきことだ。


 私は、書見台の前から一歩、閣下のほうへ踏み出した。

 王子妃教育の十年で覚えた、いちばん美しいお辞儀をする。



「恐れながら、閣下。その紙は、どこからお持ちになったのですか」



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