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19 5日目──岡山県岡山市、備前市

  Side 巴


 二時間ほど走ると、見覚えのある景色が出始めた。

 巴は、案内板の中に、岡山駅の文字を見つける。


 帰ってきたぞー!


 誰もいなかったら叫びたいところだが、当たり前に岡山駅周辺は交通量も人も多いのでできそうにない。そしらぬふりで変わった信号と同時に漕ぎだし、標識の下をくぐる。

 とりあえず二時間、たった二時間、それでも二時間。

 朝しっかり食べたはずの朝食はすっかり消化された。ここらで休憩しようと、走っている県道二一号線沿いにコンビニを探す。注意して周りを見てれば、すぐに馴染みの青色のコンビニが見えた。

 都会は本当に便利だ。この五日間の経験が巴にそう思わせる。二号線は国道なのでまだマシだが、都市間には何もない道というのも往々にある。コンビニすら限られ、軽くなっていくボトルに焦ったこともあった。飛鳥の下調べや、自分なりの覚悟があっても、やはり実際に行ってみて初めて分かる問題もある。

 コンビニで買い物を済ませて出る。店内から見やすいところに停めていた自転車を側面の壁の方へと移動させ、買ってきたスポーツ飲料をボトルに補充する。それから、今度は自分のエネルギーの補充を行おうとする。

 鞄から取り出したのは、飛鳥に持たされた小袋の愛媛みやげと香川みやげだ。

 『一六タルト』と『茶のしずく』だ。昨日の夜のホテル、走っていると小腹がすぐ空くという話を巴がすると、飛鳥はおみやげから先に分けてくれた。

 その際、箱の包装紙を何のためらいもなくびりびりに破る飛鳥に、

『飛鳥ちゃんが雑ぅ……』

 そう巴が目を丸くすると。

『開封後はただのゴミなのに丁寧にする必要ある?』

 本気で不思議そうに飛鳥は言った。

 久しぶりの正論が気持ち良くて、巴は何だか笑ってしまった。確かに飛鳥が購入した時点で、パッケージは購買意欲を刺激するという役目はしっかり終えている。

 『一六タルト』は、若者にはロールケーキ和菓子版と言った方が通じるような代物だ。生地とあんこが『の』の字型にまとめられており、あじわいは甘さに柚子の風味が爽やかに香る。

 『茶のしずく』は、シンプルに言うなら抹茶饅頭だ。中に蜜が入っていて、生地、餡、蜜と贅沢に抹茶のおいしさが味わえる。なおパッケージを見せてもらっても一切巴は気づかなかったが、この抹茶、香川県産高瀬茶を使っている。

 二日目の昼、湊との話に出ていた高瀬茶である。

『高瀬茶って山口の名産?』

『知らないけど、実家は小野茶飲んでますよ』

 この会話の高瀬茶である。高瀬茶の三豊市と、飛鳥が訪れたこんぴらさんのある琴平町はお隣さんなのである。世界は案外繋がっている。



  ※ ※ ※



 岡山駅から西へ、しばらくは二五〇号線を巴は走った。それも吉井川の手前でいつもの二号線に合流し、川を越える。

 左手に新幹線の高架が現れた。少しすると池があり、高架はそこに渡されていた。水上の高架はまるで橋だ。背景には、いつの間にか近くなった九月の緑濃い山と青い空。そこに音が響く。やがて巴の進行方向から現れた白い車体の新幹線は、一瞬で巴の視界が届かない後方へと消えていく。

 巴のクロスバイクの速度より、出会った湊やおじさん三人組のロードバイクの速度は速かった。それよりも、今もまた横を抜いていく車は速い。さらに当然新幹線はもっと速い。北九州、新神戸間の約五百キロをおおよそ二時間程度で移動できる。

 巴が新倉敷、岡山間に今日かかった時間だけで、北九州から新神戸への移動を終えてしまえる。

 巴はそれを、素直にすごいと思う。

 巴一人の自転車旅ですらたくさんの人に助けられた。直接かかわった人以外にも、たくさんのサービス──ホテル、コンビニ、飲食店のお世話になった。さらに、当たり前に享受しているインフラ──道路、電気、水道まで含めたらどれだけの人のお世話になっているのか。

 新幹線の二時間も同じだ。そのサービスを行うために、裏側でどれだけの人間が働いているのか。途方もない話で巴にはまったく想像できない。

 自分の生活の裏で、誰かが働いてくれている。

 何だか胸がどきどきするような気が、巴はした。

 やがて道路右側の藪が途切れて、敷き詰められた石──バラストと、茶色いレールが見えるようになった。

「あーっ!」

 巴は思わず声を出した。

 左側の高架を新幹線が、右側のレールを黄色い車両が、巴の視界の端と端を同時に現れた。写真に撮る暇もないその奇跡のような一瞬を、巴は目に焼き付ける。

 速度の差は一瞬でついて、新幹線はすぐに消え去った。そのあとを、黄色い電車はどこかのんびりと、馴染みのあるカタンカタンという音を響かせて追いかけていく。

 それを追って、巴もリズミカルにペダルを漕ぎ続けた。



 伊部駅を過ぎた辺りで、巴は歩道で自転車を停止させていた。

 時刻は昼、昼食時だ。スマホで近場の飲食店を探した。


「セットのミニカレーとハンバーガーです。アイスは食後にお持ちしますね~」

「わぁー……」

 そうして、巴の前には今カレーとハンバーガーが並んでいる。米とパンが並ぶ絵面に、巴は自分で頼んでおいてちょっとびっくりした。カレーはミニなので小ぶりな皿だが、盛りに盛られたカレーが溢れそうだ。ハンバーガーも普通のバンズではなく、フランスパンで挟んである。加えて器は備前焼き、店は古民家、何だか食べる前から味が濃い店だ。

 これは撮らねばと、巴はスマホを構えた。ボリューム感がうまく収まる画角を探すのに苦労する。いくらか満足できる一枚が撮れると、早速飛鳥に送った。

『お得なボリュームランチセット。お皿が備前焼きなんだって』

 備前焼きは、岡山県備前市を産地とする焼き物の一種である。釉薬を使用しないその技法によって完成した陶磁器は、趣きのある茶褐色で少しざらついた地肌をしている。

 ただてんこ盛りのカレーのお陰で、残念ながら写真では飛鳥にはよく伝わらないだろう。

 そこまでは気にせず、巴はおしぼりで手を拭って手を合わせた。

 カレーを先に食べてしまうと味が負けそうだったので、巴はまずハンバーガーにかじりついた。フランスパンのカリっとした食感から、パテの肉感のある歯ごたえに繋がる。こぼれんばかりのサニーレタスの食べ方に苦心していると、横に置いたスマホに受信があった。飛鳥からのメッセージで、画面をつける。

『ブドウパフェ2500円』

「たッか──……」

 思わず言葉にしていて口を押さえる。挙動不審気味に周囲を確認するが、多人数で会話している客が多いので、巴に注意を払っている人はいない。

 画面に写るブドウパフェの画像は輝いている。その美しさに納得感はあるが、目の前のカレーとハンバーガーセットの倍のお値段は驚愕に値する。

 ハンバーガーを半分ぐらい食べて、カレーに移る。少し辛めのスパイス感が、ハンバーガーの甘めのソースとは違うおいしさで食欲が増す。少し不安だったにも関わらず、もりもりと巴は料理を平らげた。

「デザートのアイスです」

 ほどなく届いたデザートがまた変わっている。甘く煮詰めたしょうゆがかかっているというアイスに脇には、なんとわさびが少量添えてある。溶けないように手早く写真を撮ってから、巴は匙を取った。

 冷たく口内に広がった味わいに、無意識に背筋が伸びる。

 すぐさま写真とメッセージを送る。

『お醤油がかかったアイスだよ。新しいような、みたらしのような味わい!』

『脇のはわさび??』

『わさびだよー。なんだか爽やかになる』

『新しい』

 文面から、ちょっと目の開きを大きくした飛鳥の驚き顔が想像できた。緩んだ口元に最後の一匙を運び、巴は料理を完食しきった。


「すいません、お手洗いは……」

「あぁ、こちらですよ~」



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