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17 5日目──岡山県岡山市・倉敷市

「飛鳥ちゃん、飛鳥ちゃんっ、写真撮って! あーっ自転車もセットで撮りたかったぁ」

「それは自転車なんじゃ」

「違うよぉ。バッグはバッグ」

 岡山駅前、桃太郎像を背後に記念撮影をねだる巴の手には、分解された自転車の入った輪行バッグがある。


『──今日走り切れなかったから、明日走り切る』


 巴は諦めてはいなかった。

 福岡県から兵庫県への横断自転車旅五日目、最終日。元々の予定は岡山市から飛鳥の実家、兵庫県の光都への約六五キロだ。五日間の疲労を加味して、最終日は余裕のある道程に設定していた。あまり遅くなっては飛鳥の実家の迷惑になるという配慮でもある。

 そこに、昨日走り切れなかった分の新倉敷駅周辺から岡山駅約二五キロを足す。

 最終日にして、合計約九十キロ。加えて飛鳥から聞く限り、終盤の光都付近はどう足掻いても坂らしい。遅くなるかもしれないと、巴は飛鳥に謝った。


 素泊まりのホテルだったため、巴と飛鳥は岡山駅構内の食事処で朝食をとることにした。先に食券を買うため、店外の券売機でメニューを見る。

「飛鳥ちゃんっこのままかり寿司っていうの、岡山名物なんだって。二人で分けっこしよう」

「朝からそんなに食べられるの?」

「知ってる? 飛鳥ちゃん。自転車で消費するカロリーは成人女性の一日分の必要カロリー並みなんだよ」

 ドヤ顔で披露される知識に、飛鳥はそうなんだと素直に感嘆と呟く。巴のための下調べで補給が大事であることは目にしたが、実際どのくらいのカロリー消費があるのかは知らなかった。

「いただきます!」

「いただきます」

 巴の前には特盛肉うどんが湯気を上げ、飛鳥の前では冷やしのぶっかけうどんがつやつやとした表面を見せている。巴が特盛肉うどんを頼んだのは、それが一番でかでかと書かれていたからだ。おすすめがまずいわけがないという理論だ。

 店の外向きにしつらえられた座席で、二人並んでうどんをすする。

 眼鏡が曇って、飛鳥は外して横に置いた。視界に青が入って、店の外に顔を向ける。

 ガラス窓の向こうに、壁に立てかけておかれている巴の青い輪行バッグがある。狭い店内に入れるのは迷惑になると踏んで外に置いたが、取られやしないかと少しソワソワと巴は落ち着かない。

 飛鳥のキャリーケースは、比べれば小さいので、食べているテーブルの脇に置かせてもらっている。

 盗難の危険性があるという、自転車旅の懸念を、飛鳥は巴の落ち着きのなさに知った。

 それでも、近づく人もろくにいない状況に、少しずつ警戒も解けていく。

「昨日は香川だよね。あっちでもうどん食べた?」

「香川のうどんは……すごかった」

「すっごい溜めるぅ。やっぱりコシが違うってやつ?」

「自分が福岡うどんに慣れ始めてるって気づいた」

 一般に福岡のうどんはふんわりとした、出汁馴染みの良い優しい食感をしている。二人が通う学食のうどんも同系統だ。対して香川のうどんはコシが強く、食べがいがある。何ならその強さを、香川人は喉で味わう。食感という面では対極に近い。

「どっちもおいしいとは思うけれど、完全に好み次第でおすすめは変わる感じね」

「うどんってホントに地域ごとに違うね。わたしは全部おいしく感じるから、今は岡山のうどんが正義だけど。はい、飛鳥ちゃん。ままかり寿司半分こ」



  ※ ※ ※



 新倉敷駅の建屋は、赤レンガのような赤茶色をしていた。その下、『新倉敷駅』の文字は今日の快晴の空と同じ青色だ。

 巴のTシャツも同じ色だ。輪行バックから取り出して組み立てたクロスバイクも、輝くメタリックさはあるものの青い。

 既視感を覚えながら、自転車にまたがった巴を、飛鳥は見つめる。

「予定一緒に考えてくれてありがとう! こまめに連絡入れるからっ」

 サングラスをかけ、手袋のはめ具合を直す手慣れた動作は、一日目、二日目で見送ったものとはあきらかに違う。

「気を付けて」

「うんっ飛鳥ちゃんも!」

 車道に出て、巴が漕ぎだしていく。

 見送る飛鳥の心境も、数日前とは違っていた。


 ──巴はきっと大丈夫。


 そう信じることができた。



  ※ ※ ※


  Side 巴


 新倉敷駅から南下して三キロ足らず、四二九号線を走行する巴の視界に、見覚えのあるコンビニが入る。大抵同じ外観デザインのコンビニで見覚えとは?という話だが、この三角形の駐車場は、巴に苦い記憶を思い出させる見覚えだ。昨日作業していた三角形の隅っこを、通り過ぎ様に一瞥してしまうのもしょうがない。

 巴が選択を間違えた場所。

 あの時、パンクの原因は除去できていなかったのだ。巴は不用意にチューブを変えるべきではなかった。目的地への距離感、雨への焦りで、判断を誤った。

 けれどすべては、後になって分かったことだ。


 パンクの原因は細い金属線のようなものだった。針金とも言い難い、工業用の何かと予想されるものだ。二回のパンクを引き起こした元凶は、それはもう見事に隠れおおせていた。虎美の家の農機具倉庫で場所を借り、再度タイヤの内側チェックを行っても、それは発見できなかった。今度はきちんとチューブの穴あき箇所を確認していたにも関わらずだ。穴は、水を入れたバケツにチューブを沈めると分かる。最初にタイヤとチューブの対応個所をサインペンなどでチェックを入れれば、穴あき部分でタイヤ側の異物箇所も予測がつく。なのに見つからなかった。

 最終的には走行時のようにタイヤのゴムを曲げてようやく見つかった。斜めに刺さった金属線は、タイヤを曲げないと突出することはなかったのだ。

 作業を手伝ってくれながら見つからなさにイライラし始めていた虎美が、元凶を最後に踏みつけていた。巴は大変申し訳ない気分になった。


 運が悪かったというのが大きい。パンクは起こりうるし、原因が分かりにくいこともある。雨が降りそうで焦ることもある。

 しかし、横断計画を中止せざるをえないくらいのミスは、何より巴自身の判断だった。

 急いでいる自覚はあった。その時点で、屋根のある作業場所を探すべきだった。修理作業を急ぐのではなく、意識の切り替えが必要だった。

 何せ、あのコンビニの手前にはホームセンターもあったのだ。巴は場所を借りるのに、購入ついでにお願いする方が気が楽だとコンビニを選んでしまった。最初からホームセンターを選んでいればという仮定は、巴が自力修理を目指していたという点で難しい。予備のチューブは持参していたので、購入しないのに場所だけ借りる行為は巴にはしづらい。だからホームセンターへの移動はあくまで作業の途中からだ。パンク箇所の判断が雑になってしまうくらいなら、自転車を押して戻るべきだった。ホームセンターなら、パンク修理の打診もすぐ試すことができた。即日対応ができるパターンなら、一番楽な状況になったかもしれない。

 今なら、巴はそう思うことができる。

 前に進むことへの執着が、視野狭窄と判断ミスを起こさせた。


 四二九号線を行く巴の視界に、大きな川──高梁川が入る。向こう側には、昨日渡り切れなかった橋がある。どっしりとした、重みのある平らな橋だ。

 自然と、巴はワクワクする。色々あったって、先へと進むことに弾む感情は抑えられない。

 学んで、楽しんで、時に戻って、時に慎重になって。

 そうやって、すべきと知ったことは、すべて。


 先へと進むための、手段なのだから。


 どこまでも前向きに巴は橋に差し掛かって。

「ひぇっ」

 クラクションを鳴らして、すれすれを一台のトラックが横切っていく。

 冒険に伴うワクワクとは、心臓に悪い方のドキドキと、えてして表裏一体なものである。

 思ったより狭い道幅と交通量に、巴は身を縮こまらせて必死にペダルを漕いだ。



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