11-9
私たちはソファーに座りながら、のんびりと話を続けていた。夕食まではまだ少し時間がある。テレビもつけていない。静かな時間だった。その時だった。ピッ――。小さな電子音が鳴る。私は反射的にルークを見る。腕時計だった。
「ああ」
ルークも腕を上げる。銀色の文字が空中に浮かび上がった。母船からの通信だ。
「また?」
「うん」
ルークは腕時計を操作する。私はなんとなく嫌な予感がした。こういう時は大抵、ろくでもない話が飛び込んでくる。しかも、今日は、宇宙のデパートの営業が話題になったばかりだった。数秒後、ルークが通信内容を読み終える。
「早い」
「何が?」
「許可」
私は首を傾げる。
「商船?」
「うん」
ルークが頷く。
「君にコンタクトを取る許可が出た」
「もう?」
思わず声が大きくなる。ついさっき話していたばかりではないか。宇宙人の仕事はもっと時間がかかるものだと思っていた。
「仕事が早いわね」
「営業だから。こっちがコンタクトを取ったら、すぐに連絡が入ったらしい」
ルークが真顔で言う。妙に説得力があった。営業は速度が命なのかもしれない。
「それで?」
私は続きを促した。すると、ルークが腕時計の表示を見ながら答える。
「知り合いの大学生をここに向かわせているそうだ」
「え?」
「そこで商船の担当者も同席する」
私は瞬きをした。一度。二度。意味を整理する。
「つまり」
「うん」
「うちに来るの?」
「来る」
即答だった。私は固まった。数秒ほど頭が停止する。
「え?」
「来る」
「誰が?」
「大学生と担当者」
「今?」
「今」
私は勢いよく立ち上がった。
「今!?」
声が裏返る。ルークは平然としていた。私は平然としていられない。
「待って待って待って」
頭の中が一気に忙しくなる。
「なんで今なの!?」
「近くにいるから」
それは答えになっているようで、なっていない。
「近く?」
「もうこの近くにいるそうだ。許可が下りるタイミングを知っていたみたいだね」
「そういう問題じゃないでしょう!」
私は額を押さえた。宇宙人の感覚はやはり理解できない。普通、初対面の相手に会う時は予定を決める。日時を調整する。心の準備をする。そういう段階が必要だ。しかし、今回は違う。営業担当者が今から来るらしい。しかも、宇宙規模である。
「あとどれくらい?」
「20分」
「20分!?」
私は再び立ち上がる。もう座っていられなかった。
「どうしたの?」
ルークが不思議そうに聞く。
「どうしたもこうしたもないでしょう!」
私はキッチンへ向かった。来客だ。それなら準備をしなければならない。
「お茶!」
まずお茶だ。日本人としては最低限必要な気がする。私は急いで戸棚を開ける。来客用の湯呑みを取り出す。
「何人来るの?」
「二人」
「二人ね」
湯呑みを四つ並べる。私。ルーク。大学生。担当者。ちょうど4人だ。私は電気ケトルへ水を入れた。スイッチを押す。ゴォォという音が響く。すると、ルークが後ろからやって来た。
「お茶出すの?」
「当たり前でしょう」
「営業だよ」
「営業だからよ」
私は真顔で答えた。営業であれ宇宙人であれ、お客さんにはお茶を出す。それが私の中の常識だった。ルークは少し考える。
「変わってる」
「あなたにだけは言われたくない」
私は即答した。そして、今度はテーブルを見る。散らかってはいない。しかし、もう少し整えたい。私はクッションを直した。テーブルを軽く拭く。
「紫乙」
「なに?」
「面接みたい」
「違うわよ」
と言いながら、少しだけそうかもしれないと思った。知らない人が来るのだ。しかも、配信を見ている大学生。さらに、その知り合いの宇宙人。状況が意味不明だった。
私はキッチンへ戻る。お湯が沸いていた。急須を取り出す。茶葉を入れる。その途中で、ふと思った。
「ねえ」
「なに?」
「担当者ってどんな人?」
ルークは少し考える。
「営業」
「それは聞いた」
「親切」
「他には?」
「よく喋る」
嫌な予感しかしなかった。
「営業向きね」
「向いてる」
ルークは頷く。
「去年の売上トップらしい」
私は思わず手を止めた。
「売上?」
「うん」
「本格的じゃない」
「本格的」
どうやら本当にデパートらしい。私はだんだん笑えてきた。宇宙の営業担当者。しかも、売上トップ。どんな人なのだろう。興味が湧いてくる。すると、ルークの腕時計が再び光った。
「ん?」
ルークが表示を見る。そして。
「着いた」
と言った。私は固まった。
「は?」
「下」
「下?」
「アパートの前にいるそうだ」
私は時計を見た。まだ15分も経っていない。
「早すぎるでしょう!」
すると、ルークは当然のように言った。
「営業だから」
それはそうかもしれない。しかし、納得はできない。私は慌てて髪を整えた。服を見る。問題ない。
たぶん。でも、自信はなかった。
「落ち着いて」
ルークが言う。
「無理よ」
「大丈夫」
「根拠は?」
「営業だから」
またその理屈だった。私は思わず笑ってしまう。確かに侵略者よりは安心だ。目的が営業なら、少なくとも商品を売りたいだけだろう。私は深呼吸した。お茶の準備は終わっている。部屋も片付いた。後は迎えるだけだ。その時だった。インターホンが鳴った。
ピンポーン。
部屋の中に音が響く。私は思わず背筋を伸ばした。ついに来た。大学生と、宇宙のデパートの営業担当者が。




