11-8
16時。
冬の日は短い。買い物を終えて帰宅する頃には、外はすっかり夕方の色になっていた。アパートの窓から見える空はオレンジ色に染まっている。私は買い物袋をキッチンへ運び込んだ。
「疲れた」
思わず声が漏れる。ルークは平然としていた。重たい洗剤も持ったはずなのに、なぜか疲れた様子がない。私は買い物袋の中を確認しながら、一つずつ片付けていく。冷蔵品は冷蔵庫へ。常温保存のものは棚へ。こういう作業は帰宅したらすぐ終わらせたい。後回しにすると面倒だからだ。
冷蔵庫を開くと、ひんやりした空気が流れ出てきた。私はまず夕食用に買ってきた鉄火巻を取り出す。
「これは前ね」
一番手前へ置く。すぐ食べられる位置だ。私はマグロが好きだった。だからスーパーで見つけた時に迷わずカゴへ入れていた。その上の段には、ルーク用の土佐巻を置く。カツオのたたきを巻いた高知らしい寿司だ。これも最近のお気に入りだった。最初は興味本位で買っただけだったのに、今ではすっかり定番になっている。特にルークが気に入っていた。
「土佐巻」
いつの間にか背後へ来ていたルークが言う。
「美味しそうね」
「好き」
「知ってる」
私は苦笑した。冷蔵庫へ入れたばかりなのに、すでに食べたいらしい。
「夕食まで待ちなさい」
「待つ」
そう言いながら、冷蔵庫の中を覗いている。絶対待ちきれていない顔だった。私は次に総菜のポテトサラダを取り出した。透明な容器にたっぷり入っている。今日の特売品だった。値段の割に量が多くて、思わず買ってしまった。
「これも夕食」
「ポテトサラダ」
「そう」
「好き」
「あなたは何でも好きって言うわね」
ルークは少し考えた。
「嫌いなものは少ない」
「それは羨ましいわ」
私は容器を冷蔵庫へ入れる。これで副菜も決まりだ。夕食の準備はほとんど終わったようなものだった。後は汁物だけ。私は戸棚を開ける。そこには、キシヤマ味噌のフリーズドライ商品が並んでいた。かぼちゃ。なす。ほうれん草。豆腐とわかめ。種類が増えてきている。
「今日は簡単にしようっと」
私は呟いた。昼はカレーを作った。買い物にも行った。夕食ぐらいは手を抜いてもいい。
「味噌汁?」
ルークが聞く。
「インスタント」
「いいと思う」
「でしょ?」
珍しく意見が一致した。私は笑う。こういう日は、頑張りすぎない方がいい。鉄火巻。土佐巻。ポテトサラダ。インスタント味噌汁。十分立派な夕食だ。冷蔵庫の扉を閉める。これで片付けはほぼ終わった。私は肩を回した。
「終わったー」
達成感がある。買い物から帰ってきた後の片付けは面倒だが、終わると気持ちがいい。すると、ルークが真顔で言った。
「たまご煎餅」
「まだ食べない」
「なんで?」
「夕食前だから」
「一枚だけ」
「駄目」
「半枚」
「どうやって半枚だけ食べるのよ」
私が呆れると、ルークは少し考えた。
「割る」
「そういう問題じゃないでしょう」
まったく諦める気がない。私は冷蔵庫にもたれながら、ため息をついた。今日買ったたまご煎餅は四袋。 まだ買い物袋から出したばかりだというのに、すでに狙われている。
「夕食を食べてから」
「本当に?」
「本当」
「約束?」
「約束」
すると、ルークは満足そうに頷いた。どうやら納得したらしい。私は少し安心する。そして、リビングへ移動した。窓の外はさらに暗くなっていた。街の灯りが少しずつ増えている。土曜日の夕方独特の穏やかな時間だった。私はソファーへ腰を下ろす。ルークも隣へ座った。しばらく沈黙が続く。静かな時間だった。
ふと私は今日一日のことを思い返した。朝はカレー作りから始まり、マカオからのバンジージャンプ中継を見て、午後はスーパーで買い物をして、そして、宇宙のデパートから営業を受ける話まで聞かされた。改めて考えると妙な一日だった。普通の日常のようでいて、普通ではない。すると、隣から声がした。
「紫乙」
「なに?」
「ベガの船だけど」
「ああ」
例の営業船のことだ。
「何を売りたいんだろうね?心当たりはある?」
私は笑った。
「ないわよ。気になるの?」
「うん。気になる。なんだろう」
どうやら本当に知らないらしい。
「紳士服だったりして」
私が冗談で言う。すると、ルークが真剣な顔になった。
「ありえる」
「え?」
「知り合いの子がデパート勤務だから」
「そんな理由?」
「十分」
私は思わず吹き出した。確かに否定できない。営業商品も紳士服かもしれない。そう考えると、妙に現実味があった。
「もしそうだったら買う?」
「買わない」
「即答ね」
「宇宙服なら考える」
私は大笑いした。ルークも少し笑っている。窓の外では夕暮れが夜へ変わろうとしていた。そして、私たちは、いつものように話をしながら、静かな土曜日の夕方を過ごしていた。




