11-7
お菓子売り場へ到着すると、私は真っ直ぐたまご煎餅の棚へ向かった。
「あったわ」
目当ての商品はすぐに見つかった。透明な袋に入った、昔ながらのたまご煎餅。派手さはない。でも、時々無性に食べたくなる味だった。私は二袋手に取る。そしてカゴへ入れようとして、気付いた。隣にいたはずのルークが動かない。
「ルーク?」
呼びかける。返事がない。見ると、腕時計を見つめていた。正確には、腕時計の側面を指先で操作している。見慣れた光景だった。私は察する。
「許可取り?」
「うん」
ルークは真面目な顔で頷いた。
「たまご煎餅の」
やっぱりそうだった。ルークは地球の食べ物を食べる時、母船へ申請を出している。以前よりはずっと自由になったらしいが、それでも報告が必要な場合があるそうだ。特に新しい食品や、継続的に摂取するものは確認が入るらしい。面倒そうだと思う。しかし、本人は慣れているようだった。
「通る?」
「たぶん」
「また、たぶん」
「大丈夫」
ルークはそう言いながら操作を続ける。私は苦笑した。そして棚からもう二袋取り上げる。そのままカゴへ入れた。
「はい」
「なに?」
「あなたの分」
ルークが瞬きをする。
「いいの?」
「どうせ許可が出たら欲しがるでしょう」
「欲しい」
即答だった。
「知ってる」
私は呆れながら笑う。結局、たまご煎餅は四袋になった。私の二袋。ルークの二袋。これなら平和的解決である。すると、その時だった。ルークの表情が少し変わった。
「ん?」
「どうしたの?」
私は首を傾げる。ルークは腕時計を見つめたまま答えた。
「母船から連絡だ」
「許可?」
「それも」
「それも?」
嫌な予感がした。ルークが少し考えるような顔になる。
「君に連絡を取りたがっている船があるらしい」
「私に?」
思わず聞き返した。
「そう」
全く心当たりがない。私は宇宙船の知り合いなどほとんどいない。
「誰?」
「今、調べてる」
ルークが操作を続ける。私はその横で待った。そして、数秒後。
「ああ」
ルークが何かを思い出したような声を出す。
「クリスマスの船だ」
「クリスマス?」
「光を送ってきた船」
私は目を見開いた。思い出した。先月のクリスマスに、部屋に奇妙な光が見えたことがあった。ルークも気にしていた。その後、安全確認をすると言っていたはずだ。
「調べ終わったの?」
「うん」
「危険だった?」
「全然」
ルークは笑った。
「むしろ逆」
「逆?」
「商船だった」
私はしばらく黙った。意味が分からない。
「商船?」
「うん」
ルークは頷く。
「ベガだよ」
その名前を聞いて私は少し驚く。
「七夕の織姫星?」
「そう」
七夕で有名なあの星だ。そこから来ている船らしい。
「宇宙のデパートって呼ばれてる船なんだ」
「なにそれ」
「色々売ってる船だよ」
ますます意味が分からなかった。私は買い物カートに寄りかかる。
「つまり?」
「この間の光は宣伝だったそうだ」
「は?宣伝?」
「うん」
ルークは真顔だった。
「君に買ってほしい物があるらしい」
私は吹き出しそうになった。
「待って」
「なに?」
「クリスマスの光って、営業だったの?」
「そうみたい」
「そんなことある!?」
思わず声が大きくなる。近くを通ったおばあさんがこちらを見る。私は慌てて声を落とした。
「いやいやいや」
頭を抱えたくなった。私はてっきり何か重大な意味があるのだと思っていた。宇宙規模の事件とか。未知との遭遇とか。そういうものだと思っていた。それがまさか。
「営業……」
「営業」
ルークが繰り返す。
「宣伝」
「宣伝……」
「宣伝」
私はカートに額をぶつけそうになった。すると、ルークが少し笑う。
「面白いね」
「全然面白くないわよ」
「僕は好き」
ルークは楽しそうだった。そして、さらに続ける。
「ここに知り合いがいて、その子の部屋から一緒に紫乙の配信を見て、興味を持ったらしい」
「誰の?」
「このあたりのデパートでバイトをしている大学生だってさ。男の子らしい」
私は顔を上げる。まあ、いるのだろう。
「デパートの紳士服売り場でアルバイトしているらしい」
私は思わず笑った。なんだろう。急に親近感が湧いてきた。
「普通ね」
「普通」
「宇宙人の知り合いがいる子なのね。デパート繋がりで知り合いなの?」
「たぶんね。でも、ベガの商船の担当者が、その子にデパート勤務を勧めたのかもしれない。配信も見ているなら、かなり親しいよ。ああ、また連絡が来たよ。けっこう知られているらしいよ。君の配信」
私はしばらく言葉を失う。まさか宇宙で自分の配信が視聴されているとは思わなかった。
「なんで?」
「面白かったんじゃない?」
ルークは肩をすくめた。
「それで商品を紹介したくなった」
私は天井を見上げた。どこから突っ込めばいいのか分からない。クリスマスの謎の光。その正体は宇宙のデパートの宣伝。しかも、視聴者の大学生と関わっていた。あまりにも予想外だった。私はため息をつく。
「それで、何を売りたいの?」
「まだ聞いてない」
「聞いてないの?」
「これから」
ルークは少し笑った。
「でも、先に許可を取るらしい」
「許可?」
「紫乙に連絡する許可」
私は首を傾げた。するとルークが説明する。
「本来は僕を通さないと駄目だから」
「ああ」
ようやく理解した。だから問題になったのか。いきなり光を送ってきたのは手順違反だったらしい。
「でも、悪気はなかったようだ」
「営業だものね」
「営業だった」
私は笑ってしまった。なんだか拍子抜けである。けれど、同時に少し安心した。危険な相手ではなかったのだから。すると、ルークが最後に一言付け加える。
「たぶん、近いうちに連絡が来るよ」
「嫌な予感しかしない」
「楽しみ」
「私は怖いわよ」
そう言いながらも、少しだけ興味が湧いている自分がいた。宇宙のデパート。そして、宇宙規模の営業活動。どうやら私の日常は、まだまだ普通にはなってくれそうになかった。




