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14時。
私たちはスーパーに来ていた。玲司さんの家の近くにある大型スーパーだ。最初は恵介君に頼まれた買い物をするために訪れた店だった。しかし、何度か利用しているうちに、すっかり気に入ってしまった。もちろん、普段利用している近所のスーパーも悪くない。けれど、たまには違う店で買い物をするのも楽しい。品揃えも違うし、価格も違う。思わぬ掘り出し物に出会えることもある。
そんなわけで、今日は自分たちの買い物のために来ていた。しかも、この店は日替わりの特売品がとにかく安い。それでいて在庫を大量に用意しているらしく、午後になっても売り切れていないことが多い。それも気に入っている理由の一つだった。私は洗剤売り場の前で足を止めた。
「あった」
目当ての商品を見つける。抗菌Xプラスの詰め替え用特大サイズだ。価格を見て、改めて驚く。普段利用している店より400円近く安い。毎日使うものだから、この差は大きかった。私は棚から商品を取り上げる。
「よいしょっと」
少し重たい。それでも満足しながらカートのカゴへ入れた。
「無事に買えたわね」
すると、隣からルークが覗き込んでくる。
「柔軟剤はどうする?」
「え?」
「買っておいた方がよくないか?」
私は隣の棚を見る。確かに、いつも使っている柔軟剤が並んでいた。しかし、値札を見た瞬間、眉をひそめる。
「うーん……」
「なに?」
「ちょっと高いのよね」
「そう?」
「いつもの店より200円高いわ」
私は腕を組んだ。
「せっかく洗剤を安く買えたのに、柔軟剤で200百円高くなったら、お得な気分が半分消えるじゃない」
ルークは首を傾げる。
「いいじゃないか」
「よくないわよ」
「また別の店を回るの?」
「回るわ」
「面倒だ」
「それが買い物の醍醐味なの」
私は真顔で言った。しかし、ルークは納得していない顔だった。
「紫乙」
「なに?」
「お菓子を買わなかったら節約になるよ」
私は黙った。痛いところを突かれた。ルークは勝ち誇った顔をしている。私は思わず目を逸らした。確かにその通りだ。今日のお目当ての一つは、たまご煎餅だった。昔からある素朴なお菓子で、時々無性に食べたくなる。甘すぎず、どこか懐かしい味がする。私としては二袋あれば十分だった。二袋買えば、しばらく楽しめる。それで終わりだ。
しかし、問題はルークだった。ルークはなぜか、そのたまご煎餅を大量に買いたがる。以前など、六袋もカゴへ入れられたことがあった。当然、私が止めた。だから今日の買い物メモには、しっかりと「たまご煎餅、二袋」と書いてある。最初から予防線を張っているのだ。
「二袋よ」
私は念を押した。
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「信用できない」
即答だった。ルークは少し笑う。嫌な予感しかしない。それでも、今日は買っておきたかった。もし今日買わなければ、後日必ず言われる。
『たまご煎餅を買いに行こう』
と。しかも、一度では終わらない。何度も言う。そして、最終的に私が折れる。そういう未来が簡単に想像できた。だから、今買ってしまった方が楽なのだ。私は基本的にまとめ買い派だった。週に一回ほど買い出しをして、必要なものを揃える。その方が時間の節約になる。何度も店へ行かなくて済む。面倒も減る。私としては合理的な方法だった。
しかし、ルークは違う。なぜか、わざわざ小分けに買い物へ行きたがることがある。理由を聞いたことがあった。そして、後悔した。あまり聞かなければよかったと思った。
『紫乙が嫌そうな顔をするから』
それが答えだった。意味が分からない。
『面倒だなって思ってる顔が面白い』
さらに意味が分からない。
『記録してる』
もっと意味が分からない。私はその時、本気で呆れた。ルークによれば、私のそういう表情を覚えているらしい。そして、頭の中のアルバムへ保存しているのだという。楽しかった出来事として。理解不能だった。完全に趣味だった。
「思い出した」
私はため息をつく。
「なに?」
「あなたの趣味」
「どれ?」
「私が面倒そうな顔をするところを記録してる話」
すると、ルークが嬉しそうに頷いた。
「いい表情だった」
「褒めてないわよ」
「特に洗剤売り場」
「なんで洗剤売り場なのよ」
「重そうだった」
私は額を押さえた。どうやら本当に覚えているらしい。しかも、細かい。
「アルバムに入ってる」
「消しなさい」
「嫌」
「なんでよ」
「宝物だから」
私はその場でしゃがみ込みたくなった。本当に理解できない。しかし、ルークは満足そうだった。どうやら本気で大切にしているらしい。私は大きくため息をつく。そして、カートを押した。
「ほら、行くわよ」
「たまご煎餅?」
「そう」
「二袋?」
「二袋」
「三袋ほしい」
「二袋」
「二・五袋」
「どうやって買うのよ」
私が呆れると、ルークは少しだけ笑った。そして、私たちは、お菓子売り場へ向かって歩き出した。どうやら今日も、予定通りには終わりそうになかった。




