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ファーストコンタクト~私の宇宙人彼氏はお金を出さないけど、光を降らせる~  作者: 夏目奈緒


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11-4

 画面の向こうで、植村さんがゆっくりとジャンプ台へ向かって歩いていた。その姿を見ながら、私は思った。顔色が悪い。今にも帰りたいと言い出しそうな顔だった。二回目だなんて思えなかった。どうして飛びたいと思ったのだろうか。


『植村さん!』


 山本君が元気よく声をかける。


『今のお気持ちは!?』


『帰りたいです』


 即答だった。私は吹き出した。兄も横で肩を震わせている。


『まだ間に合いますよ!』

『本当に?』

『嘘です!』

『山本君!』


 植村さんが本気で怒った。しかし、そのやり取りのおかげで少しだけ緊張がほぐれたらしい。周囲のスタッフまで笑っている。マカオタワーの展望台から見える景色は圧巻だった。青い海。長く伸びる橋。遠くに見える高層ビル群。空には薄い雲が流れている。そして、そのすべてが信じられないほど小さく見えた。なぜなら、高すぎるからだ。


「すごい高さね」

『世界的にも有名なバンジージャンプですよ!』

「私なら絶対無理」

『僕もです』


 その返事にまた笑ってしまう。すると、植村さんがジャンプ台の先端へ案内された。足元を見た瞬間だった。


『あっ』


 植村さんが固まった。一歩も動かない。


『植村さん?』

『高い』

『今さらですか』

『高い』

『知ってます』

『高い』

『語彙力が消えてますね』


 山本君が楽しそうだった。兄は少し離れた場所で見ている。よく見ると笑っていた。完全に面白がっている。


「助けてあげないの?」


 私が聞くと、兄が苦笑した。


『本人が飛ぶって言ったからな』

『社長は止めたんですよ』


 山本君が補足する。


『3回くらい』

『5回だ』

『5回でした』


 植村さんが振り返った。


『今からでも止められますか?』

『無理です』

『山本君!』


 また笑い声が起きる。しかし、その時だった。スタッフが何か声をかける。植村さんが頷く。どうやら準備が終わったらしい。


『来ます』


 山本君の声が少し真面目になる。


『いよいよです』


 私も思わず息を呑んだ。隣のルークも真剣な顔になっている。スマートフォンの画面越しでも緊張感が伝わってきた。植村さんがジャンプ台の端に立つ。風が強い。その先には空しかない。いや、正確には空と地面だ。ただし地面は遥か下にある。スタッフがカウントを始める。


『スリー!』


 植村さんが目を閉じる。


『ツー!』


 顔色がさらに悪くなる。


『ワン!』


 そして――。植村さんは飛ばなかった。


『無理です!』


 後ろへ下がった。私は思わず笑い出す。ルークも吹き出していた。画面の向こうでは山本君が笑っている。


『やっぱり!』

『無理だろうと思ってました!』

『だったら先に言ってください!』


 植村さんが叫ぶ。兄も完全に笑っていた。かなり楽しそうだ。植村さんは深呼吸を繰り返している。本気で怖いのだろう。無理もない。私だって絶対に飛びたくない。しかし、数分後。植村さんは再び先端へ向かった。今度は表情が違う。覚悟を決めた顔だった。


『頑張れー!』


 山本君が叫ぶ。


『植村さん!』


『帰ったら昼ご飯おごります!』

『本当ですか!?』

『嘘です!』

『山本君!』


 最後までそんな調子だった。そして、再びカウントが始まる。


『スリー!』


 風が吹く。


『ツー!』


 植村さんが前を見る。


『ワン!』


 一瞬だった。植村さんが前へ飛び出した。


「わっ!」


 私は思わず声を上げる。画面が大きく揺れた。


『飛んだー!!』


 山本君の絶叫が響く。植村さんの身体が真っ逆さまに落ちていく。空。海。街並み。すべてが猛烈な速さで流れていく。


『うわあああああああああああ!!』


 植村さんの叫び声が聞こえた。本当に叫んでいた。全力だった。その様子に私は笑いながらも手に汗を握る。すごい。本当に飛んだ。やがてロープが伸びきり、大きく反動が返る。植村さんの身体が空中で跳ね上がる。


『うわああああああ!!』


 さらに叫ぶ。


『ああああああ!!』


 また叫ぶ。


『帰りたいー!!』


 意味不明だった。もう飛んでいる。帰る段階は過ぎている。しかし、その叫び声に全員が大笑いしていた。山本君はカメラを持ちながら涙を流して笑っていた。そして数分後。無事に回収された植村さんが戻ってくる。足元はふらふらだった。


『どうでした!?』


 山本君がマイク代わりにスマートフォンを向ける。植村さんは数秒黙っていた。そして、真顔で言った。


『もう二度と飛びません』


 その言葉に、展望台は大爆笑に包まれた。私もルークも笑いが止まらない。画面の向こうでは兄が植村さんの肩を叩いていた。労うように。そして、少しだけ誇らしそうに。どうやら植村さんは、無事に人生で一番高い場所からの挑戦を終えたらしかった。

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