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兄が生まれたとき、母は一人だった。相手の男は逃げたと聞いている。母は一人で兄を育て、その数年後に結婚して、私が生まれた。四人家族になった――はずだった。けれど、兄は、新しい父とうまくいかなかった。気づけば、母方の祖父母が暮らす月島家で過ごす時間が増えていき、やがて高校進学を機に、完全にそちらで暮らすようになった。名字も、私とは違う。兄は月島家の跡取りとして、“永山”にはならなかった。
それから私たちは、別々に暮らすことになった。距離はできたはずなのに、不思議と心は離れなかった。むしろ――大人になってからの方が、よく話すようになった気がする。
私は高校卒業後、市役所に就職した。安定しているから、という理由だった。けれど、職場の人間関係は思った以上に重くて、私はよく兄に相談するようになった。もともと仲は良かったけれど、その頃から、兄は私にとって“頼れる人”から、“拠り所”に変わっていった。
22歳のとき、私は心を壊した。それでも騙し騙し働き続けて、気づけば39歳。もう限界だった。退職した日、私はやっと息ができるような気がした。その後に見つけたのが、配信だった。最初はただの雑談だったけれど、兄の話す“見えないもの”の話が面白くて、オカルトの話題を取り入れるようになった。すると、少しずつ人が集まり始めた。そこから一年半。リスナーが増えて、毎日が楽しいと思えるようになった。兄に「近くに来い」と言われて、都内で一人暮らしを始めたのも、その頃だ。今では週3回、社長秘書の仕事もこなせるくらいには体調が戻っている。配信も、動画も、続けている。
――そんな生活に、ルークが現れたのは、半年前だった。最初は、誰かに話しかけられているような感覚だった。気のせいだと思っていたけれど、違和感は消えなくて、兄に相談した。そのときだった。ルークが、姿を現したのは。
「……不思議な縁だよね、私たち。アルデバラン星人とも繋がるなんて」
ぼんやりと呟くと、兄が静かに笑った。
「お前は昔から、そういうものに縁がある」
「嬉しくない縁も多いけどね」
苦笑すると、ルークが横で肩をすくめる。
「僕との縁は、悪くないだろう?」
「……まあね」
素直に否定できない自分が、少しだけ悔しい。兄はそんなやり取りを見ながら、コーヒーをひと口飲んだ。
「今日のは、いい“贈り物”だったな」
「うん……」
私は静かに頷く。あの光景は、きっと一生忘れない。ユリウスさんにも届いていたなら、なおさらだ。兄は彼に、クリスマスプレゼントとしてマフラーを贈っていたらしい。あの光のショーは、その上でのサプライズだったのだ。少しでも兄の想いが伝わって、二人が恋人として結ばれたらいい――そんなことを、自然と思ってしまう。
そして、ユリウスさんは、私にプレゼントをくれた。今日、仕事から帰ると、化粧品メーカーのティオーレから荷物が届いていた。洗顔、化粧水、美容液、乳液という基礎化粧品のセットだ。兄が使っているメンズラインの洗顔を、私が気に入っていたことを覚えてくれていたらしい。そこから、同じブランドのレディースラインを選んでくれたのだろう。丁寧で、やさしい選び方だと思った。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
――何か、お礼をしないと。私はカップを手に取りながら、ぼんやりと考える。何がいいだろうか。言葉だけじゃなくて、ちゃんと伝わるものを。そんなことを思いながら、湯気の向こうで、静かに揺れる夜を見つめていた。




