2-1 兄の家
兄の家に着くと、玄関の灯りがやわらかく迎えてくれた。マンションは3LDKで、空いている部屋もある。以前、兄に「一緒に暮らさないか」と言われたことがあった。けれど、いつか兄に恋人ができたときのことを考えて、私は断った。自分の生活は、自分で持っていた方がいいと思ったのだ。今もこうして、少し距離を置いた関係でいる。
玄関を開けると、すぐにコーヒーの香りが漂ってきた。
「紫乙、ルーク。寒かっただろう」
兄が声をかけてくる。ルークと一緒に靴を脱ぎながら、その声にほっとする。ここに来ると、いつも少しだけ肩の力が抜ける。
「見せたいものがあるって、さっきのものなんでしょう?今、すごいもの見たのよ。お兄ちゃんも計画したのね!」
リビングに入るなり、私はさっきの光のショーの話を切り出した。兄はコーヒーを淹れながら、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。
「ああ。見たのか」
「うん。空にね、光が降ってきて……、配信にも映ってて、コメント欄もすごくて」
言葉にしながら、あの光景がよみがえる。夢じゃないと分かっているのに、どこか現実味が薄い。兄は静かに頷きながら、お湯を注ぐ手を止めない。
「ヨークに頼んでやってもらったんだ」
「すごかったのよ。お兄ちゃんも見た?」
「ああ。窓から少しな」
兄は一瞬、間を置いてから続けた。
「お前より先に、ユリウス君に見せてやった。さっき、お礼の電話が来ていたよ。話しているうちに、僕はタイミングを逃した」
「そうだったのね。ユリウスさん、喜んでいたでしょう」
「ああ。家からはっきり見えたそうだ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。兄はカップにコーヒーを三つ注いだ。ルークは飲むときと飲まないときがある。でも、香りを通してエネルギーを取り込むらしく、兄はいつも彼の分も用意している。
そのときだった。ルークがふっと微笑んだかと思うと、私の身体に入り込むようにして姿を消した。――ウォークイン。寒いとき、こうして体温を調整してくれるのだ。外から見れば、私は一人にしか見えない。鏡に映るのも、私だけ。けれど兄には、違って見えている。二人分、ちゃんと。
兄は昔から、“見える人”だった。幽霊や気配、普通の人には分からないものを自然に感じ取る。そして必要ならば対処する。その力を頼りに、今では口コミで相談を受けることも増えている。
テーブルにカップが置かれ、私はソファに腰を下ろした。手に取ったコーヒーの湯気が、顔に触れる。ふと、兄の横顔を見る。落ち着いていて、優しくて――どこか少し遠い人。大好きな人だ。けれど、一緒に暮らした時間は、たった6年しかない。




