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お茶の時間は、その後もしばらく続いた。佳代子さんが追加で淹れてくれた緑茶を飲みながら、みんな思い思いに話をしている。私はというと、会話に参加しているようでいて、どこか上の空だった。気になるのだ。庭へ出て行った二人のことが。ルークはその後も何も言わなかった。けれど、銀色になった瞳は元の黒へ戻っている。どうやら監視は終わったらしい。私は少しだけ安心した。そして、同時に、不安にもなった。結局どうなったのだろう。告白したのか。されたのか。返事はどうだったのか。気にならないと言えば嘘になる。そんなことを考えていた時だった。
「そういえば」
夏樹君がふと窓の外を見た。
「恵介たち、戻ってこないね」
その一言で、私も時計を見る。確かに、思ったより時間が経っている。
「噴水を見るだけじゃないんですか?」
修輔君が首を傾げる。
「迷子になったとか?」
「庭で?」
六槍君が珍しく笑った。すると、隆さんが穏やかに立ち上がる。
「少し見てくるか」
その言葉にみんなも席を立った。私たちは連れ立って大広間を出る。廊下を進み、縁側へ出た。冬の空気は冷たかったが、空はよく晴れていた。庭園の向こうに噴水が見える。そして――。
「あ」
夏樹君が声を上げた。二人はいた。噴水の前だ。並んで立ちながら、何か話をしている。でも、その様子は驚くほど普通だった。特別な空気はない。ただ穏やかに話している。まるで昔からそうしていたかのように。私は少しだけ戸惑った。
(あれ?)
頭の中で考える。
(普通だわ)
ルークの話では、告白して抱きしめたはずだ。もっと気まずい空気になっていてもおかしくない。それなのに、二人とも落ち着いている。私は思わず玲司さんを見た。もしかして、断られたのだろうか。だから、何事もなかったように振る舞っているのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
すると、その時だった。玲司さんがこちらに気付いた。そして、笑った。自然な笑顔だった。無理をしているようには見えない。むしろ、どこか晴れやかな表情だった。その顔を見た瞬間、私は少し安心した。少なくとも、最悪の結果ではなかったらしい。
「みんな来た」
恵介君も気付いて手を振る。その表情も柔らかかった。昨日までの張り詰めた空気が少し抜けている。私は胸を撫で下ろした。すると、隣でルークが小さく笑った。何かを知っている顔だった。
「さて」
その時、ルークが声を上げた。
「僕たちは帰ろう」
突然だった。みんながルークを見る。
「もう?」
佳代子さんが聞いた。
「うん」
ルークは頷く。
「長居しちゃった」
「そんなことないわよ」
「でも、そろそろ会社に戻らないとね」
確かに時間を見ると、もう午後もかなり進んでいた。自然な提案だった。
「そうですね」
私も頷く。
「そろそろ失礼しましょうか」
すると、ルークが何気ない口調で続けた。
「玲司君は残れば?」
一瞬だけ空気が止まる。
「え?」
玲司さんが振り返る。
「せっかくだし」
ルークは本当に何気ない顔をしていた。
「夜までゆっくりしたらいい」
私は思わず横を見る。ルークが笑っている。そこで、意外にも最初に同意したのは瀬名さんだった。
「そうですね。僕もその方がいいと思います」
玲司さんが驚いた顔になる。
「瀬名君?」
「恵介についてもらっていた方がいいです」
その言葉に恵介君が少しだけ目を見開いた。そして、ホッとしたかになったのを、私は見逃さなかった。なるほど。やっぱり何かあったらしい。すると、佳代子さんも微笑む。
「そうね」
「夕食も食べていけばいい」
隆さんも頷いた。
「遠慮する必要はない」
完全に包囲網が完成していた。私は隣のルークを見る。本人は何も言わず、和やかな顔をしている。でも、分かる。さりげなく誘導したのだと。しかも、誰にも気付かれないように。なんだか優しいなと思った。本人はきっと否定するだろうけれど、玲司さんと恵介君に、少しでも一緒の時間を作ってあげたいのだろう。それが伝わってきた。
ふと庭を見渡す。その瞬間だった。私の目に白っぽい光が映る。薄い膜のようなものだった。確かに存在していた。遠藤家を包み込む半透明のドーム。他の人には見えていないのだろう。でも、私には分かった。まだ消えていない。ルークが作った守護の結界だ。柔らかな光が冬の日差しの中に溶け込んでいる。
私は小さく息を吐いた。やっぱり優しいと思う。誰にも気付かれないように。誰にも感謝されなくても、 ただ静かに守っている。そんなルークの横顔を見ていると、胸の奥が少し温かくなった。
「じゃあ、また来ます」
私たちはそれぞれ挨拶をした。佳代子さんが見送りに出てくれた。夏樹君も修輔君も手を振っていた。恵介君は玲司さんの隣に立っている。そして、玲司さんは、穏やかな笑顔を浮かべていた。やはり、どこか表情が違う。少し肩の力が抜けているように見えた。それを見て、私はますます何かあったのだろうと思う。でも、聞かない。今日ぐらいは、そっとしておこう。それが一番いい気がした。
やがて私たちは門を出た。待機していたセランエージェンシーの車へ乗り込む。ドアが閉まり、エンジンが静かにかかった。車が発進する。窓の向こうで遠藤家が少しずつ遠ざかっていく。その屋敷の上には、まだ薄い白い光が漂っていた。まるで誰かの幸せを願う祈りのように。私はその光を見つめながら、隣のルークへそっと視線を向ける。ルークは何も言わなかった。ただ静かに窓の外を眺めていた。けれど、その横顔はどこか満足そうに見えた。私は小さく笑う。
きっと今日のことは、しばらく誰にも話さないだろう。でもいつか。玲司さんと恵介君が本当に幸せになった時には――。この日のことを思い出して、少しだけ笑うのかもしれなかった。




