10-8
みんなが私のことを見ている。夏樹君が背中をさすってくれた。よしよしと。なんて優しい子だろう。
「ありがとう……」
「何かあったんですか?」
修輔君が心配そうに聞く。
「だ、大丈夫……」
全然大丈夫じゃなかった。頭の中ではルークが平然としている。
『何するのよ!』
『事実だもん』
『驚いたじゃない』
『気付いてなかったのか。少し、そんな話を玲司君がしていただろう。恵介君のことが好きだって』
『知っているけど。でも、お兄さんっていう立場で面倒を見ているんだと思っていたわ』
『言っていたのに。恵介君のことが好きだって。ちっとも変じゃないよ』
『そうだけど。玲司さん、付き合うかもしれない人がいたから、恵介君のことは違うのかなって思っていたのよ』
『鈍いなあ。愛情がただ漏れなのに。ミレイニーはそういうところに気づきやすかったのに、紫乙になったら違うんだね』
『うるさい!』
私は必死で平静を装った。しかし、心臓は暴走している。隆さんが私に優しく声をかけてくれた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「顔が赤いぞ」
「お茶が熱かったんです!」
半分本当で半分嘘だった。すると、隣で夏樹君が首を傾げる。
「そんなに熱くなかったけど」
「あ、そうかしら!?」
また笑いが起こる。私は額を押さえた。頭の中ではルークがのんびりしている。
『だから、今は二人にした』
『最初に言いなさいよ』
『言った』
『後からでしょうが!』
『結果はたぶん良い』
その言葉に、私は思わず庭の方へ視線を向けた。今頃、二人は噴水へ向かって歩いているのだろう。玲司さんが本当に告白するのかは分からない。けれど、ルークはこういうことに関して妙に勘が鋭い。本人にそのつもりがなくても、相手の感情を自然と読み取ってしまうことがある。だからこそ、当たっている可能性は十分にあった。
私は再びお茶に手を伸ばしかけて、やめた。これ以上飲んだら、また吹き出してしまいそうだったからだ。そんな私の様子を見ていた夏樹君が、不思議そうに首を傾げる。
「紫乙さん、今日は変だよね」
「……そうかもしれないわね」
私は遠い目になった。だって今、この屋敷の庭では、とんでもないことが起ころうとしているかもしれないのだから。――いや。正確には違う。私が心配しているのは、玲司さんの告白ではなかった。そちらも十分大事件ではあるのだけれど、もっと別の問題があった。
私はそっと隣を見る。ルークは相変わらず静かに座っていた。誰も気づいていない。でも、私には分かった。ルークが何かを企んでいる。その証拠に、さっきまで黒かった瞳が、いつの間にか淡い銀色へ変わっていた。能力を使う時にだけ現れる色だ。私は思わず眉をひそめた。
『ちょっと』
頭の中で呼びかける。
『何してるの?』
返事はすぐに返ってきた。
『見てる』
『何を?』
『庭』
嫌な予感しかしなかった。ルークの視線は大広間の壁を通り越し、その先にある庭園へ向いている。まるで、実際にそこに立っているかのように。私は額を押さえたくなった。
『覗いているの?』
『違う』
『違わないでしょう』
『心配だから』
まったく悪びれた様子がない。私は小さくため息をついた。確かに、ルークにとって恵介君は大切な存在だ。友達になったのだから。だから気になるのだろう。でも、それとこれとは話が別だ。
『余計なことしないでよ』
『しない』
『本当に?』
『たぶん』
『たぶんって何よ!』
思わず心の中で叫ぶ。しかし、ルークは平然としていた。その銀色の瞳は、なおも庭の方へ向けられている。私はますます不安になった。絶対に何か考えている。こういう顔をしている時のルークは、大抵ろくでもないことを思いついているのだ。
「紫乙さん?」
佳代子さんの声に、私は慌てて顔を上げた。
「はい?」
「本当に大丈夫?」
「え?」
「なんだか難しい顔をしているわよ」
私は慌てて笑顔を作った。
「だ、大丈夫です」
「そう?」
「はい」
全然大丈夫ではなかった。私の隣には、今まさに庭を遠隔監視している宇宙人が座っているのだから。しかも、その本人は和菓子を食べながら平然としている。器用すぎる。私はもう一度だけ庭の方へ視線を向けた。窓の向こうには冬の陽射しが広がっている。穏やかな午後だった。けれど、その穏やかさとは裏腹に、私の胸の中には妙な不安が膨らみ続けていた。これ以上、ルークが余計なことをしませんように。私は心の底からそう願いながら、そっと冷めかけたお茶に手を伸ばした。その時だった。
『紫乙。今、玲司君が恵介君に告白した。抱きしめたよ』
「げほっ」
その報告に、私はまた咳込んだ。見ているのか。そして、玲司さんが今、何をしているのか逐一報告すると、頭の中に話しかけてきた。私は首を横に振る。
『いいから。そっとしておいてあげて』
『そうだけど。僕からのサービスをする。今日は記者が来ないようする。彼らの頭に働きかけて、ここに来ないように別の記憶を植え付ける。攪乱作戦だよ。玲司君には夜まで遠藤家にいてもらうといい。じっくり二人で話させなきゃね。昨夜は話す時間がなかったようだし。これからのことを話し合って、二人が一緒にいられる時間を作らなきゃね』
その声は優しかった。決して、からかっている感じはなかった。そして、ルークの感情が流れ込んできた。それは、何とか二人が今の状況を乗り越えるための祈りのようなものだった。私はルークの真剣さを感じて、口を閉じた。何か悪いことをするわけではない。いや、記者に意識操作をするのだから、良いこととは思わない。
いつだったか、ルークが言っていた。地球で活動するにはいくつかの禁止事項があり、その中には地球人への介入のやりすぎを禁止するという項目があると。見守っていなければならないそうだ。むやみに力を使うことは禁止されている。でも、ルークは今、その力を使ったということだろう。
『なによ。結構、優しいじゃない』
『優しい人たちだ。僕にも紫乙にも優しい。何かお礼をしたかった』
その瞬間だった。私の脳裏に映像が浮かび上がる。遠藤家の周囲を囲む、淡い白い光。それは円を描きながら広がり、やがて黒崎家の屋敷まで包み込んでいく。一つの巨大なドームのように。
私は息を呑んだ。懐かしい。なぜだか分からないのに、そう感じた。胸の奥が締め付けられるように痛む。ミレイニーの記憶なのか。ミケーネの記憶なのか。分からない。けれど、私は知っていた。これは、ルークが誰かを守る時に使う力なのだと。誰かの幸せを願い、静かに見守るための技術なのだと。
今、その光は惜しみなく使われている。守るべき二人の未来のために。そして、それを見つめるルークの横顔は、どこまでも優しかった。




