10-7
昼食が終わる頃には、みんなかなり満腹になっていた。手巻き寿司の具材はほとんどなくなり、テーブルには食後のお茶と和菓子が並べられている。佳代子さんが淹れてくれた温かい緑茶は香りが良く、私はようやくひと息ついていた。さっきの結婚話からも解放されたと思いたかった。しかし、隣にいるルークはまだ時々こちらを見ている。絶対に何か考えている顔だった。私は見ないふりをした。
大広間では穏やかな会話が続いている。夏樹君と修輔君はテレビ番組の話をしていて、六槍君は珍しくその会話を聞いていた。ウーリは和菓子を前に目を輝かせている。
「これ、何?」
「練り切りですよ」
瀬名さんが教える。
「食べられる花みたい」
「食べられます」
「日本はすごいなあ」
真顔で感心している。その様子に思わず笑ってしまった。すると、その時だった。私のスマートフォンが震えた。画面を見る。表示されていたのは秘書室だった。
「あら」
私は立ち上がる。
「少し失礼します」
廊下へ出て電話に出た。
「はい、永山です」
『お疲れ様です』
聞き慣れた女性の声だった。山田さんだった。
『社長宛ての件でご報告があります』
「はい」
『先ほど週刊誌二社と情報番組一社から取材の申し込みがございました』
私はため息をつきそうになった。やはり来たかと思う。
『すべてお断りしております』
「ありがとうございます」
『現在のところ、それ以上の対応は必要ありません』
「分かりました」
『よろしくお願いいたします』
通話が切れる。私はスマートフォンを見つめた。記者たちも必死なのだろう。中田の件で恵介君がここにいると知れば、何としてもコメントを取りたいはずだ。でも、今はそういう時期ではない。私は小さく息を吐いて大広間へ戻った。
「何かあった?」
玲司さんが聞いてくる。
「秘書室からです」
私は席に座りながら答えた。
「玲司さん宛てに取材の申し込みがあったそうです」
「やっぱりか」
玲司さんは苦笑した。
「週刊誌二社と情報番組一社です」
「それで?」
「すべて断ったそうです」
「ああ、それでいい」
玲司さんは迷いなく頷いた。
「今は応じる必要がない」
「そうですね」
瀬名さんも同意する。
「恵介を守る方が先です」
恵介君は少し申し訳なさそうな顔をした。
「すみません」
「なんで謝るの?」
夏樹君が言う。
「恵介は悪くないだろ~」
「そうだよ」
修輔君も続けた。
「謝る必要はないよ」
恵介君は少し困ったように笑った。その時だった。
「ねえ」
ルークが突然声を上げた。嫌な予感しかしない。
「なに?」
「庭」
「庭?」
「噴水が見たい」
私は瞬きをした。
「噴水?」
「うん」
ルークは真面目な顔だった。
「前に恵介君が見たいって言ってた」
ああ、と私は思い出した。確か以前、この屋敷へ来た時に恵介君が見かけたと言っていた。黒崎家の庭園にある噴水は遠くから見ただけで、ゆっくり見学する時間はなかったという。
「見に行く?」
ルークが恵介君を見る。
「え?」
恵介君が少し驚く。
「いいの?」
「見たいんだろう」
「まあ……、見たいですけど」
すると、玲司さんが笑った。
「行ってくればいい」
この言葉に、恵介君が玲司さんを見る。
「でも」
「せっかく来たんだから。庭も綺麗だぞ」
玲司さんは穏やかだった。その言葉に隆さんも頷いた。
「構わないよ。見ておいで」
低く落ち着いた声だった。
「案内させようか?」
「いえ」
玲司さんが首を振る。
「庭なら迷いません」
「そうか」
隆さんが微笑む。
「なら行ってくるといい」
許可が下りた。ルークは満足そうに笑った。そして、玲司さんと二人で行ってくるといいと言って、お茶を飲み始めた。玲塚さんが立ち上がり、恵介君のことを外に促した。
「行こう」
「うん」
恵介君も立ち上がった。二人は軽く会釈して大広間を出ていく。私はその背中を見送った。その時だった。
『紫乙』
頭の中に声が響く。私は反射的に固まった。ルークだった。もちろん口は動いていない。
『なによ』
『今は二人きりにした方がいい』
私は眉をひそめる。
『なんで?』
『玲司君が恵介君に話したいことがある』
『何の話?』
すると数秒の沈黙があった。嫌な予感がした。そして――。
『告白だよ』
私は固まる。
『は?』
『玲司君は恵介君が好きなんだ。気が付いていただろう?このタイミングで告白させた方がいい。離れ離れになるんだからね。キスの一つや二つでもさせないと、玲司君が落ち着かない。恵介君も、玲司君のことは悪くないと思っている』
ぶっ。私は盛大にお茶を吹き出した。いきなりの話に驚いたからだ。
「紫乙さん!?」
「大丈夫ですか!?」
周囲が一斉に騒ぐ。私はむせ返った。
「げほっ、げほっ!」
「大丈夫?」
夏樹君が慌ててティッシュの箱を掴む。
「はい!」
差し出されたティッシュを受け取りながら、私は咳き込んだ。




