10-5
食事の時間が進んでいった。私は隣に座るルークを見て、何度目かの驚きを感じていた。食べている。ものすごく普通に。しかも、かなり楽しそうに。
「これ美味しい」
ルークが手巻き寿司を持ち上げる。中にはサーモンといくらが入っていた。
「見て、紫乙」
「見てる」
「キラキラしてる」
「それは良かったわね」
私は苦笑する。本当に珍しい光景だった。ルークがこんなに地球の食べ物を食べているところを見たのは初めてだったからだ。今まで見たことがあるのは、一度だけ。コンビニのチキンを食べていた時だった。しかも、あれも相当な手続きをしたらしい。地球の食文化の調査だとか、文化交流だとか、そんな理由を申請して許可を取ったのだと聞いた。それ以降はほとんど食べていない。飲み物を口にする程度だった。だから私は不思議だった。今日は遠慮なく食べている。ということは――。許可が下りたのだろう。たぶん。そうでなければルークは食べない。
「これも美味しい」
今度はマグロを巻いている。楽しそうだ。隣では、ウーリも負けていなかった。
「佳代子さん、この卵焼き美味しい!」
「ありがとう」
「あと三個食べてもいい?」
「たくさんあるから大丈夫よ」
「やったー」
完全に子供だった。ウーリは箸を動かし続けている。サーモン。マグロ。卵焼き。きゅうり。次から次へと食べていた。あれだけ食べて細いのだから不思議だ。もっとも、ウーリの場合は事情が違う。現在は地球での仕事を終えている。後は休暇期間だ。だから、比較的自由に過ごせるらしい。そういう話を以前聞いたことがある。
でも、私は気を抜けなかった。この場には事情を知らない人がいる。玲司さん。恵介君。瀬名さん。その3人には、ルークやウーリの本当のことを話していない。だから、うっかり口を滑らせないようにしなければならない。
「ウーリ」
ルークが話しかける。
「なに?」
「何日まで休み?」
私は一瞬で緊張した。嫌な予感がする。
「えーっと」
ウーリが考える。
「向こうに帰るまで」
セーフだった。私は心の中で安堵する。ウーリも分かっているらしい。ちゃんと誤魔化した。
「ドイツ?」
恵介君さんが聞く。
「そうそう」
ウーリが笑う。
「一応ね」
一応。そこに少しだけ本音が混ざっていた。私は吹き出しそうになる。その時だった。
「そういえば」
穏やかな声が聞こえた。私は顔を上げる。瀬名さんだった。いつの間にかこちらを見ている。
「紫乙さん」
「はい?」
「ルークさん」
「なに?」
二人同時に返事をする。すると、瀬名さんが微笑んだ。
「結婚はしないんですか?」
その瞬間、私は手を止めた。ルークも止まった。大広間が少し静かになる。
「ぶっ」
夏樹君が吹き出した。修輔君も笑いを堪えている。私は一気に顔が熱くなった。
「なっ」
声が裏返る。
「なんで急にそんな話になるんですか!?」
「だって付き合ってるんでしょう?」
瀬名さんは楽しそうだった。逃がしてくれそうにない。
「まあ」
「うん」
ルークが普通に答える。私は頭を抱えたくなった。
「仲も良さそうだし」
瀬名さんが続ける。
「考えたことはあるんですか?」
私は困ってしまう。考えたことがないわけではない。でも、色々事情がある。そもそも――。私は横を見る。ルークは真剣に考えていた。嫌な予感しかしない。
「ルーク」
「なに?」
「余計なこと、言わないで」
「言わないよ」
その顔が信用できなかった。すると、ルークが少し首を傾げる。
「でも」
「でも?」
「僕はしたい」
私は固まった。一瞬、本当に時間が止まった気がした。
「え?」
「結婚」
ルークは平然としていた。
「したい」
大広間が静かになる。私は耳まで熱くなった。
「ちょっと!」
「本音だよ」
「今、言うことじゃない!」
「なんで?」
本気で分かっていないらしい。私は顔を覆った。恥ずかしい。その時だった。ウーリが楽しそうに笑う。
「ルーク、前から言ってるもんね」
「言ってる」
「やめて!」
私は叫んだ。さらに笑い声が広がる。六槍君まで肩を震わせている。
「紫乙」
ルークが覗き込んでくる。
「顔が真っ赤だ」
「あなたのせいでしょうが!」
「可愛い」
「うるさい!」
また笑い声が起きた。私は完全に囲まれていた。逃げ場がない。でも、ふと周囲を見る。恵介君も笑っていた。昨日まで不安そうだった顔で。自然に笑っている。その様子を見た瞬間、良かったと思った。恥ずかしいけれど、こうしてみんなが笑っているなら、今日くらいは、悪くないのかもしれなかった。




