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全員の席が決まると、ようやく昼食が始まった。手巻き寿司の具材が並ぶテーブルは見ているだけでも楽しい。夏樹君はさっそくサーモンを手に取っているし、ルークは何を巻けば一番豪華になるのか真剣に研究していた。六槍君はそんなルークを見て、
「子供みたいだね」
と呟いている。そんな賑やかな空気の中だった。隆さんが静かに湯呑みを置いた。それだけで自然と周囲の空気が落ち着く。黒崎家の主として長く人の上に立ってきた人だからだろう。声を荒げることはない。けれど、誰もが耳を傾ける。
「恵介君」
穏やかな声だった。恵介君が顔を上げる。
「はい」
少し緊張しているようだった。隆さんは優しく微笑む。
「まずは、この家の近くへ来てくれて良かった」
恵介君が目を瞬く。
「遠藤君から話は聞いている」
隆さんが続けた。
「大変だったな」
その言葉に、恵介君が少しだけ目を伏せた。
「……はい」
小さな声だった。無理もない。ここ数日は怒涛だった。仕事、取材、待ち伏せ、引っ越し。心が休まる暇などなかっただろう。
「今回の件だが、黒崎家としても力になりたいと思っている」
私は思わず顔を上げた。大広間が少し静かになる。恵介君も驚いたようだった。
「そんな……」
「遠慮はいらない」
隆さんは穏やかに言う。
「夏樹とも縁がある」
その言葉に夏樹君が頷いた。
「そうそう」
明るい声だった。
「俺たち結構話したもんね」
クリスマスツリーの撮影。あの日のことを思い出しているのだろう。恵介君も少し笑う。少しだけ照れたような顔になる。隆さんが続けた。
「黒崎家は昔から記者対応には慣れている。役に立てることもあると思う」
恵介君は戸惑ったように周囲を見る。
「でも……」
言葉に詰まる。迷惑をかけたくないのだろう。その気持ちはよく分かった。すると、健吾さんが笑った。
「遠慮する子だな」
「そうよね」
佳代子さんも微笑む。そして、優しい声で続けた。
「こういう時は甘えていいのよ。誰だって困る時はあるんだから」
その言葉は母親みたいだった。私は胸が少し温かくなる。すると、ユリウスさんも静かに口を開いた。
「僕もそう思う」
全員がそちらを見る。
「一人で抱える必要はないよ」
穏やかな声だった。
「助けてくれる人がいるなら、頼っていい」
恵介君が目を伏せる。そして、小さく息を吐いた。何かを堪えるように。
「……ありがとうございます」
その声は少し震えていた。すると、隣にいた夏樹君が笑った。
「よし」
そして、サーモンを巻く。
「その話は終わり!」
全員がぽかんとした。
「せっかくの手巻き寿司だからね~」
夏樹君は真剣だった。
「今は食べようよ~」
大広間に笑い声が広がる。隆さんまで少し笑っている。その時だった。ルークが手を挙げる。
「質問」
「なに?」
夏樹君が振り向く。
「手巻き寿司ってどこまで乗せていいの?」
「好きなだけ」
「全部?」
「全部は駄目」
「なんで」
「巻けなくなるから」
真顔で返される。ルークは納得していないらしい。六槍君が横から覗き込む。
「海苔が破れるよ」
「なるほど」
本気で勉強していた。その様子にまた笑いが起きる。私は周囲を見回した。みんな自然に恵介君を囲んでいる。守ろうとしている。それが言葉にしなくても伝わってきた。そして、恵介君も少しずつ肩の力が抜けてきている。昨日までは張り詰めていた表情が、今は柔らかい。ここへ来て良かった。私はそう思った。騒動はまだ終わっていない。でも、少なくとも今この瞬間だけは、恵介君は一人じゃなかった。そして、それを誰より実感しているのは、きっと本人なのだろう。
その後、ようやく食事が始まった。恵介君は佳代子さんに勧められながら手巻き寿司を作っている。
「それ、美味しそうだね」
夏樹君が覗き込む。
「真似していい?」
「どうぞ」
そんなやり取りが聞こえてきた。気付けば、さっきまでの重い話題は誰も口にしていない。それでも、誰も無関心になったわけではなかった。ただ、今は安心して食事をしてほしいと思っているのだろう。私はそんな空気が好きだった。
その時だった。リクが恵介君の足元へやって来る。そして、当然のように顎を乗せた。リクは見上げていた。完全に何かを期待している顔だった。
「リク」
健吾さんが苦笑する。
「刺身を狙っているな」
大広間に笑い声が広がった。恵介君も吹き出す。そして、そっとリクの頭を撫でた。リクは満足そうに尻尾を振る。その姿を見ていた佳代子さんが微笑んだ。
「良かった」
「何がですか?」
私が聞くと、佳代子さんは優しい目をした。
「リクはね、本当に落ち込んでいる人のところへ行くの」
私は思わずリクを見る。幸せそうに目を細めていた。まるで『大丈夫だよ』と言っているみたいに。その様子を見ながら、私は静かに思った。恵介君はきっと、ここで少しずつ元気を取り戻していくのだろうと。




